Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Emperor&kiss

1999年12月

31 

12/3(金) 
燐光群『天皇と接吻』扇町ミュージアムスクエア

作/演出:坂手洋二。下北沢のザ・ススナリからここOMSへ、そして名古屋の七ツ寺スタジオ(8〜12)。

《時代は、誰のものか。歴史は、過去形でいいのか》。坂手洋二が着想を得たという論考、平野共余子「天皇と接吻」(草思社)を入口で売っていたのかも知れないのに、気がつかなかった。

天皇と接吻するのはいやだ、とか、天皇制を接吻するほど愛する人たちへの批判だろうか、とか、「天皇」という文字を接吻と出会わせ、白地に赤い唇(日の丸を連想せずにはいられない)のドキリとするチラシは、「国辱」だとか。・・そんな誤解や生理的反応が起ころうとも、これは全国すべての県庁所在都市で公演し、演劇ずきだけではなく、今の時代について自由に語り真剣に思う人たちと共に観る価値のある芝居だ。

ほんとにあっという間に終わってしまった。とても引き込まれたがあっけなかったのも確かだ。もっともっと続きが観たかった。《第二次世界大戦直後、GHQ支配下の日本映画でなぜ天皇に関する描写は禁じられキスシーンの設定は推奨されたのか。そして半世紀後の日本にそうした「戦後の精神形成」はどのように影響しているのか。》

19:03〜21:45。考えるべきテーマは限りなくあるが、じっくり考えるよりも畳みかけるように問題を散りばめながら、凝縮したドラマ(バリケードのなかで映画は上映できるか)として、今と戦後直後とを結び付ける。

○鷲掴みにされた問題群、まず半世紀前は:

戦後も約束されていたかのように存続する天皇制。表現の自由と検閲制度、GHQ主導の日本国憲法制定。アメリカの占領政策〜ニューディール政策からソ連中国との冷戦/赤狩りへ。戦時中の日系二世の悲劇、そして占領軍としてやってくる日本人でも白人アメリカ人でもない日系二世やハーフの在りよう。

戦争ニュースを作っていた映画人の解放ととまどい。原爆記録映画を巡る日米の取り扱い。極東裁判と映画「日本の悲劇」。GHQ検閲官への商業映画会社のすりより。歌舞伎の上演禁止とその解除のいきさつ。マッカーサーへの日本国民からのファンレター。彼の思惑や取巻き連中の策動。大部屋役者のチャンス。盲目になったかっての女優。千本針をこのご時世にして(二世の軍属のために彼の世話をいいつけられる大部屋役者がしてあげる)怪しまれるような、大変化する世相。・・・

○一方「いま」の問題群は:

公立高校の君が代斉唱。君が代日の丸が引き起こす校長の自殺、とそれを利用する法制化。日教組闘士だった校長イワサキ(川中健次郎)の高校生部活映画出演。その映画の文化祭上演禁止。屋上の部室の電気電話回線切除。バリケードの作り方を示唆する映画部顧問教師。帰国子女。

小林よしのりの受け売りをする日本史研究会の連中(応援団ともダブル)。彼らによって反強制的に犯され、それから何も見えずしゃべれなくなった合唱部部員の「ひきこもり」。ディジタル映像インターネット編集や携帯電話。東海村のお粗末な原子力臨界大事件、避難の遅さ。東海村へカメラを回しに行く部員。君が代のギター轟音演奏。・・・

「接吻」のほうは、一定の表現の解放があったと考えていいのだろうか。坂手作品を観終わった後にそこにあったはずの恋愛についてはいつも極めて希薄な記憶しかないことが多い。でも、今回は、天皇についての表現の自由がすぐにまた制限されるのに対して、恋愛はどんどん奨励される、という社会的な意味づけがあったからか、比較的豊富である。

そして、客演している映画部部長ウエノ役他の手塚とおる。大部屋女優役とともに、ウエノの恋人エミコ(樋尾麻衣子)の代役として映画に出たヒサコ役の小林さやか。この二人が燐光群にはない華を終始感じさせてくれて、重苦しいテーマだけに、非常に爽やかだった。

さらに、過剰なアメリカ的快活さと激情を滑稽に演じた、GHQのCIE検閲官コンデ役のジョン・フォックスも時間を忘れさせてくれた大きな要因の一つだ。ミネアポリスの友人ジョンとしても映像参加と音を提供する。一方ハーフのコンノ役(カメロン・スティール)は、小泉八雲的な感じで、畳の匂いに象徴される湿り気のある日本恋慕の感情を示す。その彼が、今の日本ではNOVAの講師(ラストではヒサコとキスしてたような)をやっているという設定もおかしい。

それに、GHQの通訳役で今は帰国子女役のユキコ(アヤ・オガワ)、彼女が映画部室に入ってきて、ウエノとしゃべる冒頭から興味津々だった。日本と同じ顔つきでその恋愛表現ははやりアメリカ的な率直さ。彼女はこれから日本の文化ギャップに悩むだろうが、彼女らの存在やNOVA講師などによって徐々に日本的コミュニケーションの在りようも変化するはず。

美術/加藤ちか。舞台の真ん中だけが、屋上にある少し自治的な映画部室。そこが新日本映画社の部屋にもなる。あとは空白。じっと見つめるエミコが窓の外にいたりする。暗転で、この部室がひっこんで、三畳の畳の間が出来ることがある。憧れていた日本間を借りた(商業映画会社の賄賂的提供)コンノの住まい。あるいは、失明した女優エミコが助監督?と合うシーン。

日本の悲劇や原爆の影響という現実=歴史のドキュメント映画を撮る映画社と検閲の現実、ということで、もうこれだけで2つの現実がある。それを高校の演劇部が撮り文化祭に発表しようとして中止を命令され抵抗して校舎の壁に写してしまういまの現実(もちろん演劇的な虚構でもある)がある。3重の現実。それに接吻映画という虚構。そして映画部が撮っている再現的な虚構。現実と同じように虚構もいくえにも重なる。

映画は暗闇の中で(暗闇でこそ)人と人をつなぐ(手段だ)、という言葉が劇中語られた。見えない眼が見えしゃべれない口が開かれるようになったとき、これは「みんなの映画」と本当になるはずだ。映画を扱ったお芝居としてもまた画期的な作品がここに誕生した。実感として高校時代にこんなにしっかりとした映画部員、合唱部員、生徒会役員はいなかったのではないか、という感想を持つ人もいる。そこはやはり、坂手洋二的な希望もあったろうし、もう高校生を子どもに持つ私には皆目思い出すよすがもない。

ただ「日本史研」などという国家主義者の青年部のようなクラブはかつての私の時代には想像すらできない現代的な現象のように思う。すごいことになっているなあ、と思う。当時は現代史研究会がまったく逆の思想を持って活動していたわけだから。


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