Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》FRITZ LANG'films

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4/4(火)
4/5(水)

関西ドイツ文化センター『フリッツ・ラング〜映像とそのイメージの原型』1日目2日目

4/4

関西ドイツ文化センター(京都)へ。

The Big Heat 『ビッグ・ヒート/復讐は俺にまかせろ』。これもハリウッド映画(コロンビア製作)だったのだ。

監督フリッツ・ラングFRITZ LANGって凄いんだわ。碧水ホールで「M」を見たときはそうでもなかったように感じていた。でもこの黒白90分のアメリカ映画(1953年)はぐいぐいと連れて行かれて、最後にしびれて、その後ふらふら鴨川を歩いた。

20世紀の芸術であり娯楽である(時には大衆操作の政治道具にすらなる)映画。

ユダヤ人ながらゲッペルスにナチ讃美の映画を作らないかと誘われた男、フリッツ・ラング。まずは、モノトーンの映像の美しさに目を奪われる。造形的な完璧さ。そしてストーリーのシンメトリー性。「復讐」自体が対称性を持つ行為であるわけだし。

でも、この映画では、反ナチというよりも、警察上層部のやくざとの癒着という「腐敗」への視線が強烈。このあとの警察官ハリウッド映画(007シリーズとか色々影響を受けているらしい)のお手本となったという。

(フェミニズム運動後の目で見るといかにも妻娘への男の庇護正当化と家庭神話と考えられる面もあるとして)よく出来た理想的なワイフ。

つまり「自分たちの幸せは大切だけど、あなたが正しいと思ったら上司に逆らってやめさせられてもいいわ」という健気さ。

その最愛の妻(ジョスリン・ブランド)をやくざに(自分が所属する警察の上層部に、と言ってもうう)殺される巡査部長デイヴ・バニオン(グレン・フォード)。そこから、彼の職をなげうつ「復讐」が始まる。

娘が誘拐されるか?と息を飲むシーンで、ほっと緩む場面を作る(これもベトナム戦争を経験した後ならこう退役軍人を肯定的には描けなくなるだろうが)巧みさ。

滅亡とすれすれで取り引きするダンカン夫人(ジャネット・ノーラン)という登場人物の分かりやすいネイミング。

そして、脚を引きずるパーカー老婦人の勇気。彼女は積極的にデイヴの復讐に加担までする。

今においても目に焼き付くのは、恋人間のドメスティックバイオレンス。つまり、やくざのヴィンス(リー・マーヴィン)が突然嫉妬でデビー(グロリア・グレアム)の大切な顔に煮えたぎったコーヒー液を浴びせるシーンだ。

過剰なメロドラマはない。でも、やっぱりデビーが爛れた左側の顔を隠してホテルに閉じこもっているのはほろりとする。純なデイヴへの愛による共同の復讐。亡き愛妻のことを聞きたいデビーの心。そして、ヴィンスへのコーヒー掛けの復讐。実は、彼が帰ってきて、闇から熱湯が飛びかかったとき、自分がヴィンスになったようにどきりとした。

ふと、冒頭のベテラン巡査の自殺は何だったんだろう、と思い出すと、実はこの映画は何も説明し尽くしてはいないんだ、ということに気づく。簡単に人の生死が説明できるわけがない。感情移入を抑える節度。エンタテインメントが溢れているのに、説明されないことがちゃんとそこにはある、それがすがすがしい。

4/5 

『フリッツ・ラング〜映像とそのイメージの原型』。昨夜に引き続いて、2日目を関西ドイツ文化センターにて観る。

展示会も同時に行われていて、彼が亡命するまでに撮られた神話的で様式美にあふれたスティール写真と、それと呼応するかのように同時代に創られた建築、絵画などを合わせて展示している。パウル・クレーとの対比もあった。

今日は、アメリカに渡って撮られた2作目『暗黒街の弾痕』You Only Live Once。1937年、ユナイテッド・アーティスト製作、86分、黒白。

もちろん、少し画像は劣化しているが、鮮やかな影。それに霧とライトの効果に目を奪われる。例えば、電気椅子に送られる前の独房の、鉄格子の影が、前方の床に放射線状に広がって見える美しさ。バウハウスとかロシア構成主義とかが連想される。

社会派の映画と一応思われていたのは仕方がないと思う。

前科者(始まりは正義感による鉄槌→鑑別所送り)に対する拭われない先入観と偏見。操作される群集心理。どんどん主人公エディ(ヘンリー・フォンダ)を追い詰める。

話が救いなく悪いほうへいく物語なので、ほっとするシーンは少ないのだが、出始めの林檎をお巡りが盗む話とか、刑務所内での野球風景、シリアスな場面でのジョークなどは欠かしていない。

弁護士事務所で働くエディの婚約者ジョーン(シルヴィア・シドニー)の生き生きしていること。その軽快な冒頭シーンから、出獄での待ちきれない抱擁、新婚旅行、カエルの声を美しいと聴ける気持ち、まで。

そして、その直後からの偏見による宿屋の追い出し、解雇、冤罪、死刑判決、脱走、牧師殺害、国境へ、という転落。ジョーンの方が激しく運命に弄ばれるが、自分だけ逃げたりはしない。彼女も引けを取らない強い正義感、そして、揺るぎないエディへの信頼。

見終わって、すぐに「大人は判ってくれない」とか「俺たちに明日はない」とかを思い出す。でも、これは友人のお父さんに初めて会って、そのお父さんに息子さんによく似ていられますね、というようなもので、失礼なことかも知れない。30歳になったばかりのヘンリー・フォンダが何しろ秘めた男の憤りをこらえている。

赤ん坊だけでも助かったのが、大きな救いである。


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