Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Hamlet-Clone
47:
とても寒くなった、いままでがぬる暖か過ぎたのだが。冬の月が綺麗。明日は雪らしい。
扇町ミュージアムスクエアで待っている。開場は19:10。入っても座れません、とOMSの山納洋さん。
何だか、劇場に立って待っていると懐かしいにおい。‘いらっしゃいませと入り口で挨拶’されない舞台を見るのは久しぶりだ。そう法政大学学生会館講堂でOM2とか観る(檻に入れられたっけなあ)時の感じに似ている。そこまでインタラクティブではなかったが。
役者が無表情に、鉄条網の扉を前にして立っている。20分ほど何もなく待たされる。サーチライトが時折自分を照らす。ドイツ語がテープで流れている。ハイナーミュラーのハムレットマシーンだろうか(ハムレットと言う言葉を聞いた)。女性は一人以外は厚底靴に扇情的な下着姿。みんな黒。「第三エロチカ」の誕生と同じぐらいに生まれた役者(20歳)がいるらしい。両端の銃を下げたヘルメット姿の男二人が少し怖い感じがする。
第三エロチカ『ハムレットクローン』作・演出:川村毅。
始まりは特定しずらいが、入ってから25分ぐらいして自転車のリンリンという音がとりあえずの始まり(19:35?)。客も舞台に立ち会ってしまう構造、結構立ち疲れる。
日の丸が色を変えながらはためく映像のなか、君が代を歌う自転車の親父が二人のヘルメットの警備兵に射殺され。
鉄条網の向こうで叫び倒れる3人のハムレット(とかヒトラーとかカレー事件の女性とかにどんどん変わってそのたびに射殺される)のシーンがあり。
そして、血が染み込んだ真ん中の地面で、女装のHIV+男の処刑が赤光のなか行われるまで、が導入部。
19:48。ゲイの劇中の作者、川村毅の声が響きだしてから、やっと鉄条網の扉は開けられる。その後も高校生姿に変わる洋服かけになったり、この扉たちは活躍(美術も川村毅)。
前の方が柱が邪魔でなく見やすいかとも思ったが、足の悪い女性に肩を貸しながら一緒に後方の関係者用の椅子に座る(柱が邪魔なことはほとんどなかった)。客席は、ほぼいっぱい(この後愛知県の長久手町文化の家に行くそうだ、公共ホールでこの手の骨のある芝居があるのは嬉しい)。
“・・これは今世紀最後の最大の演劇作品といわれる「ハムレットマシーン」と古典の名作「ハムレット」を再検証し更に解体し、現在の東京にアクチュアルな作品として、1999一年間かけて取り組”んできたプロジェクトの本公演。
その前に、稽古場での中途発表として劇団の新人を中心とした<ワーク・イン・プログレス>公演を行ったらしい。
どこかの公共ホールのワークショップを経験し「ハムレット」の演技を覚えてきた父親が、家族に戯曲の役割を当てはめる話も、公共的劇場が自己言及され、ぐっときた。
今の東京をドキュメントしたもののなかでは、30歳になっても高校生の制服姿(ユダヤの黄色のマークをつけて、アダルトを証明するのは歴史への参照として賢い)で、アダルトビデオで稼ぐ女たちに興味を持つ。セックス撮影現場が、「紙の家」だからだ。つまり、強烈な臭いの野宿者とセーラー服とのセックスドキュメント。
おしっこシーンはもう当たり前で(血がこびりついた処刑台の地面と女子高校生のおしっこ桶が重なり合う)、グロテスクポルノがここまで来るのは、必然かも知れない。首をしめてやっとホームレスを立たせたのに、死んじゃった。死体があったかいうちに絡みを撮ろうね、と担いで去るわけだ。
ガングロにはなっていなかった(映像では黒く塗っていたが)。ルーズソックスはいま東京で何組履かれているのだろう。何処で作られ売られているのだろう。鉄条網の扉を実際に見ているはずなのに、そこが、ビデオを早送りして生じるびりびりしたモニター上の走査線に見えてきた。
最後の方は、内乱が起きて、東京が東西に分裂する。皇居は東西のどちらなのかな。
三島由紀夫の自死が繰り返されて喜劇となり、フォーティンブラスがオブチだったか、少し記憶がいい加減になりつつ、東京の壁のリアリティについてうすぼんやりした印象しか出てこないのはなぜかなあ、と思いつつ帰った。
そうそう、ブレイクワイフに、無為を愛するオフィーリアというのもけだるい東京だ。解釈を股の間で窒息させます。とか。セリフはなかなかに、かっこいい。川村の声はゲイのためか(「国民の創生」の自叙伝だと叫ぶ)やけに高音に響く。その空しさもまた「いま」だ。
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