Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》KAERUDENCHI&Chars in summer

241.
7/6(金)
桃園会『かえるでんち』AI・HALL

TARZAN GROUP『チャーズ イン サマー』HEP HALL

伊丹市のアイホール。久しぶり。桃園会のチラシのイラストを描いている山田賢一のハガキが8セット売っていたので全部買う(1900円)。

桃園会第21回公演『かえるでんち』(作・演出/深津篤史)。
冒頭の女性二人の会話は謎のままだったが、それ以外表面的には難しくなく、でもどこか曖昧な日常を簡単に割り切らずに放り出した部分が素敵だった。
「反復」をテーマとしたということ。深津流のノスタルジーでもある。夏は小学校や中学校のことを思い出す季節。

「かえるでんち」というタイトルには、理科室の実験ともちろん大きく関係する。一応、主人公はケロッグというあだ名の「情けない子犬」(劇中に別れた妻からそう呼ばれる)的な男性。カエルの脚に電流を流すとぴくっと反応する実験の話もでてくるので、このあたりと連動する。

また、朝食はコーンフレークと答えたために「ケロッグ」とあだ名されたわけで、ここにすでに日常の反復、取り替え可能な家族の姿が現れている。
自分たちのする実験は結果が分かっている平凡な実験ばかりであることを淡々とモノローグする。つまり、「カエルの解剖」や「電池づくり」のような、答えがすでに分かっている繰り返しについてを、深刻ぶらずに提示するという作業をここで行っているのだ。

なんて、ちょっと評論家ちっくに書こうとしたけれど、そんなそぶりもこの芝居には似合わないよな。私などは、中学校は高校へと繋がってしまってだめだけれど、公立の中学校って理科室が小学校より本格的だし、そこが生涯学習センターになっていて「愉快なパン教室」に変貌するなんて、ありがちなほほえましさです。

19:39〜21:10。セット(池田ともあき)は元理科教室だけの隔離された小世界。珍しくロッカーから別の世界へ行くというネオアングラ(南河内万歳一座が典型)風演出もあるが、それを自己言及するところがいかにも深津的韜晦っていうかテレね。

30歳になっても生物研究部だったことが原点な男3人組、ケロッグ(亀岡寿行)にゲーリー(紀伊川淳。彼がゲイの告白をケロッグにするのもおかしい)、マンゲ(小坂浩之、最近めきめき独自のキャラクターの味を出してきている)。ケロッグは別れた妻が近くにいて、ゲーリーとマンゲは妻がそれぞれいるが、それももう終わりみたい。
一応の20歳代の浮き沈みがあり、30歳になればなったで相変わらず成長もしないで続く日常が、変わらぬ関東郊外の、のっぺりした風景で続く。

スーパーのレジの女性たち、犬に異常な愛情を示す妻たちなどなど。女たちのラストは自分でパン種を作ってばんばんパンをこねた後叩くシーン。手を動かしていても口は止まらない。いやそういう運動をしている方が、相手に向かわないから本当のことがしゃべれてしまうから不思議ね、ほんとに。

メダカの観察。子どもが産まれること。この男女には次代の養育や社会への交歓はあるのだろうか。
強調できない女たちの有り様も面白かった。演じていたのは、藤野節子、森川万里、加納亮子。谷野智美演じるメリージェーンは唯一ドラマ(父=大阪への嫌悪と復讐)を持っていたが、それも無理なフィクションであるし、彼女もそんなにむきになってそれを演じているわけでもなさそうだった。

ゲストの木嶋茂雄も、元マドンナの夫として登場。旧姓小山は登場しないが、その劇的(マイナスの意味で)な出現は、もちろんありがちな「時間の残酷さ」であり、逆に言えばみんなに平等な浮き沈みでもある。

7/7(土)

チャーズっていうのは、イワナ(岩魚)のことだそうだ。HEP HALL女性作家・演出家フェスの第2段。TARZAN GROUP第25回公演『チャーズ イン サマー』桧垣平作、演出は大幸亮平(満月の夜にだけ透明になる気の弱いしのさんの役も)。19:04〜20:53。精密な舞台時間を作っていない劇団だから、野球の練習で走って出ていって間があって別の方からやってきたりする。

ほのぼのしているのね、ここは。演技的にはかなり下手って言ってしまっていいと思うけれど、それも何となく許せる愛情っていうのが沸いてしまう舞台。だから、シンパシーが感じられない場合は、まるで面白くなくなるかも知れない。

真夏に大きな木。これも素人ぽい大きさ。公園で草野球の練習。甲子園に出たいぐらいが夢だった。みんなここで育ってここから離れられない人たちだ。もうすぐ30歳。一度は出て、帰ってきたいという感情がようやく起きるけんさん(高橋さとし)。彼と同級で中学時代はバッテリーを組んだマスター(佐藤大助)は、いつも5年間続けて弁当を作ってやっていた。

その弁当をけんさんはいらないという。実は同じ会社のほんじょうさん(豊島由香)が好きになったのだ。このうらさびしい町から出て彼女と新しく生きたい。だから弁当ではなく彼女とお昼を食べたい。

とても慎ましいお話。こんなに純情な男女がいるのかどうか?って思わせながら、でもこの人たちは役者としてだけでなくて、実際にもこういう不器用なサラリーマン生活などをしているのだろう(と思わせるたたずまいがある)から、それも説得的だったりする。

けんさんの妹、ゆきえ(北畠幹子)が、1年半同棲していた男のもとを去ってお兄ちゃんの家に戻ってきた。そうすると、昔から知っている人たちばかり。そうでないのにマスターと浮気をしたことになっていたことまでみんなそのまま15年間止まったまま(に見える)。
昨夜見た桃園会と、その演技の緻密さは大きく違うけれど、テーマはまるで同じなのね。

岩魚が海に行って川に戻ってくるって知らなかった。海へと旅立つのは雌が多くて、残っている少数の岩魚は雄だそうだ。海に行った岩魚は40cmあるのに、残留組は20cmしかない。でも、川に戻った雌が散乱するとき、海から戻ってきた雄が精子をかける前に、すばやく残留組雄が精子をかけることに成功することがある(スニーキング)という。

そんな「いい話」とともに真夏の草野球は始まろうとしている。大八木とかいう対戦相手が、実は高校時代のほんじょうさんが好きになってソフトボール部に入った男だった、というおちがあるのかなと思ったらそうでもなかった。そんなにうまくつじつまが合わない芝居の方がいいのかもとも思う。


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