Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》KYOTOFU-Sembatsu Bijutsu

184.
1/4(木)
京都文化博物館『京都府美術工芸新鋭選抜展』

今年はじめてのおでかけアーツは、京都文化博物館だった。4階で今日から始まった『京都府美術工芸新鋭選抜展』、「21世紀、京都の美術工芸の活性化を図るため、新進作家を発掘し、広く紹介・育成する。作家47人の87点を展示」するもの。京都府・京都府京都文化博物館の主催。出展しているみやじけいこさんの案内があったので出かけた。

学芸員さんたちだろうか、背広の男性は今日の人数について大きな声で話したり、背広の男性に指示をされて女性が絵の位置を修正していた。週末から人が来るということでまだ微調整をしているのだろうが、18時の閉館後にするなどもう少し気を使って欲しいものだ。

最優秀賞(50万円)は、北尾博史「森の部品--机上の森」と「森の部品」だった。前者は、机に木製のエンピツが立てられ、黒の細い金属線が葉っぱの形に描かれたようになっている彫刻。彼の緑と黒の優しさ漂わす色使い、ものの暖かさが気持ちいい。後者は9つの同じ台におかれた森の、ひとこまひとこま。一昨年だったか、お寺の境内で見たものだ。メルヘンチックな所が少し甘さになっているけれど、螺旋に伸びる蔓に並ぶ葉っぱのリズム(だんだんに小さくなる)などユーモラスな知性を感じる。

これと同じように、グリット状に並べられた群像がいくつかあった。たとえば、染織のばんばまさえ「ひとつ/たくさん」(松ぼっくりが壁にひっついているよう)。あるいは陶芸の福本双紅「草草」。並んだ器が同じリズムを持って、優しい気持ちにしてくれる。
北尾作品でもそうだが、繰り返しのリズムをどう視る人に伝えるかを考えるときに、照明による影の効果が大きな比重を占めるなあと思った。

タイルを使う作品を作り続けている金村仁「コンセキ」「絵になるコンセキ」。洋画という分類に入っているのは不思議(みやじけいこもそうだ)だが、タイルの繰り返す四角に赤い「コンセキ」が別の場所に移っている。
みやじけいこ「そこからの眺め/ここからの眺め」。男の子と女の子、まんなかの交尾するカタツムリがモノクロで次元をずらして浮かんでいる向こうに、ぼやけた木々の黄緑がある。緑の焦点の合わない「具合」がおもむき。

ぼやけた感じが猛烈に拡大した絵画に、伊庭靖子「untitled」「untitled」がある。だいだい色に見える液体の揺れるさまが感じられる。優秀賞(20万円)。同じく優秀賞は、谷口摩里子「透きとおる夜空の気持ち」。大きな器を染織で色づけ。近くから繊維を通して下界を視たりする。同じく西田潤「絶」「絶」、陶芸作品で岩石の地層みたいに二つに割れている。

懐かしかったものとしては、宮永甲太郎「片(かた)」。赤れんがの積み上げた中に草が生えている方の作品は下の方が細くなっていて、舟のように動きそうだ。佐々木直美「Life--2000・92--」「Life--2000・93--」も前に視た作品より、もっとシンプルな絵画(浸すとか流し込むとかするような作り方だと聴いた気がする)。横に一線、別の色が形作られているだけのもの。

シンプルさでは、版画の熊谷誠「山脈2000-12(01)」「山脈2000-12(02)」も負けない。赤い線がイラスト的な所作へと近づくぎりぎりさがスリリング。同じ版画の安田彩「  」「  」。大胆な構図が有無をいわせず、何か気持ちよく納得させる強さを持っている。題名も変だが、もちろんわざと「無題」としないのだろう。

変なものとしては、黒板に絵のしりとりを描いている長谷圭城、コンビニ文化を彫刻するというキュウリを立てた森岡厚次、漆工芸を写真にしている土岐謙次。日本画という分類とか、そういうジャンル分けにも良い意味でない変さをいっぱい感じながら、常設展のある3階へと降りた。

3階は、日展とかに提出されているような絵画などがあって、古い工芸品はいいが(女性のヌードなどにおける繰り返される目のつり上がった美人画風絵画ってなんだろうなあ)、足早に2階へ。ここは歴史博物館になっているので、ビジュアルに歴史が分かるところ。

外に出ると、ふわりと白い雪のカケラ。


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