Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Karoki Netami
「ともすればかろきねたみのきざし来る日かな かなしくものなど縫はん」(岡本かの子)
ギャラリーそわか『展覧会かろきねたみ』。6人の30歳前後の女性の美術家による展覧会。1階部分では作者同士の作品が少し混じり会ったりもしている。色っぽい表現の人ばかりあつめたと、今回は自身も作品を出している企画のオフィス・バッテラ/中西美穂さん。
<<・・ある他者あるいは自分自身にむけられた個人的な作業が、社会の中に美しく投げかけられ、表現となっている、「かろき」がついた「ねたみ」それは女性の現代美術表現をうまく表す言葉の一つだと思います。・・「かろきねたみ」のような表現(強い具体行動ではなく、ある種おぼろげな、でも決して弱くなくむしろ強い、具象と抽象という分類の外にある)を女性の美術として、現代美術の展覧会として鑑賞するという提案をしたいと思います。・・>>
入って左の壁には、北窓真美「自由なるトリ」。紙飛行機に折られて展示されているものもある、彼女の「10センチ四方のとりかご(と彼女が呼ぶ立方体)を基礎図形」(=ユニット)にしてドローイングペンで書かれた紙の作品。とりかごが組合わさって鳥になったりする。
ユニットであるとりかごには、ナンバーがふられていて、すでに4800を超えている。奧に、実際に木で作られたとりかごなども壁についている。
入り口の部屋の右の壁には、山崎暢子「domestication」。銅駝美術工芸高等学校図案科、京都精華大陶芸卒業。陶芸出身なのに、いつしか、タイルという工業製品を使うようになる。
視ると熊の形のままに広げられた敷物を連想する。クッションをタオルで包み、その表面に白いタイルを並べていく。形は、人の皮を開いたぐらいか。一つだけはバーにかけられているが、あとは壁に背骨を浮き立たすように展示されている。正面のものは壁にまっすぐにつけられていて、自重でタイルの並びが曲がっている。足のつけねに向けて丸み。そこに人間の円みが集中して出ている。
展示では分からないが、裏面にはなぜか大きなチャックがつけられている。一つだけ、ワンピース水着のような形の作品もあって、これは女体をより強く意識する。商品のようにタグがつけられていて、そこに署名あり。タグの存在が「飼い慣らし」とかいう題名からの連想と呼応する。奧の、透明のクッション(中西美穂の作品)の上に、ピンクタイルのバック?(持ち運びクッションだそうだ)のような山崎の作品が置かれている(あと黒の作品もあった)。
作家としての中西美穂は、透明のビニールで空気を入れて膨らます一人ずわりソファーを、並べている(奧の夾竹桃などの絵の鑑賞のための座る場所としてもある)。「移動していいソファー/les exietentilistes/実存主義者・複数形」。
地下にも、中西美穂「la patriote/愛国主義者・女性形」。何もない場所を照らすライト。入って右手にある窪み部分にだけ鏡があって、自分の顔を映すと、自動的に頭上に掲げられた「日の丸」が、自分の像の上部に写り込む、というもの。鏡を覗く人がいて出来上がり、去ると何も残らない、日の丸も見えなくなる。覗く偶然に左右される鏡像のように、国旗を巡る言説や思想も、愛国主義の行動も、移ろいつつ、でもどこかに潜んでいる。
トイレにも手洗い部分の上部に、日の丸や韓国国旗などがあり、日本国「国旗」が国際化のなかでは、わりと楽しげに友だち作りをしてるようにみえる。(実はあとで彼女に聞くと、手洗いの鏡に映り込むようにしていたとのこと。うーん、手を洗わなかったかなあ、ぼりぼり。)
奧の平山由紀子「夾竹桃」。日本画。変哲もない感じで、二つ。小さな方と大きな方は、ほぼ同じ様な構図である。密生していて、中心はなく(完成しているかどうかも分からない、ということだ)、茫漠としつつ、落ちついてそこに居られる気持ちのいい部屋を作っている。透明のソファーに座るとずっとそこに埋もれてしまう。
透明のソファーの前に、窓があって、斎藤麗の「LINK」という作品が、カーテンの役目をしている。良く視ると、小さな白い輪があぶくのように連なっている。模様のような、自然現象のような。彼女はいまは、アイルランド・ダブリン在住だという。壁にも小さな、やはり白く小さなあぶくがくっつきあった、壁面小品あり。これがなんだか好きだ。
2階は、かなもりゆうこの作品(と作品創作の過程で出てきた様々な副産物も含まれるが、彼女の活動においてそれらを区別する意味は乏しい)。宣伝美術家の納谷衣美さんがいる。ダンスの砂連尾さん寺田さんもいて、机に置かれた写真(かなもりさんのお姉さんを撮した昔の写真の青焼きなどもある)を見ている。
2階に上がる前に1Fの透明なソファーで、とざきまなみちゃんが、かなもりゆうこ(まなみちゃんは「ゆうちゃん」と語りかける)に留守番電話をした声などを録音したCDを聴く(これは神戸アートビレッジセンターのCDの展覧会に出されたもの)。まなみちゃんのお母さんの声もあったりする。電話が苦手のかなもりさんがまなみちゃんとしゃべっているものもある。これは、電話中にメモ録したもの。最後の2つは、留守電に入れられた、まなみちゃんの歌声。特定の人に伝えるものではあるが、受話器から反応する相手が居ない留守電に語るのは独特の居心地の悪さがある。その居心地の悪さを思いだしながら、楽しく聴く。
まなみちゃん(小学校前後の少女の成長は早すぎて、一年間ぐらい違うとその違いはすごい)らの写真が大きく展示されているが、これはコンピュータによるプリンター出力だと言う。鮮やかなものだ、紙に焼き付けるのとは微妙に色調が異なるが、コストパフォーマンスは大違いにいい。クリップで見苦しくなく軽快に留めてある。
あとちっちゃなビデオでは、まなみちゃんと古川千晶さんが、歌の練習をしている。「あかちゃんのお耳」を二人で歌うのだが、耳と耳を擦るようにして歌う様があまりにも微笑ましくて、ちょっと嫉妬する。
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