Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Keune-Russell
210.
4/24(火)
『音の冒険〜シュテファン・コイネ&ジョン・ラッセル来日公演』磔磔
久しぶりの磔磔へ(富小路仏光寺下がる。ここもRITS講義にリポートして提出できる場所の一つ)。トイレの入り口が変わっていて驚く。かなり広くきれいになっていた。
jazz&NOWの寺内久さんの主催による『音の冒険〜シュテファン・コイネ&ジョン・ラッセル来日公演』。
19:14〜21:00。寺内さんは栃木県下都賀郡大平町の人。アーツ・カレンダーに全国ツアーが載っていたので何も予備知識なく出かける。
初来日なので、PRも難しかったということ。今日は20名弱だが、その初めて聞くシュテファン・コイネの「ソプラニーノ・サキソフォン」から引き出されるきわめて硬質な高音に終始痺れていた。といっても陶酔するというよりは、深く体の別のところが覚醒していくという表現の方が少しは自分の体験に近かったかも知れない。
アコースティック・ギターのジョン・ラッセル(1954年、英国生)が簡単に挨拶。大柄な40代半ばの男性。シュテファン・コイネ(1965年、ドイツ生)の断続的な音と音、その間をまずはギターが支える感じで始まる。琵琶みたいにギターが鳴っている。
前半は41分間の即興演奏。
囁き、息が詰まったような音。空気がない空間で鳴っている音(空気がなければ本当に響かないのだろうか)みたいに感じる。
うるさくなく陳腐でもなく。高音に別のホーミーみたいな音が二重に聞こえてくる。
舌打ちみたいな微妙な音。
30分ぐらいしてからは、ギターもキューキューと擦り音が作られたりして少しずつスピードも速くなったり変化が激しくなる。すずめが群がってさえずっている林が川岸にあって、その対岸で川の流れと一緒にその音を聴いているような、そんな聴取状態に近い。
でも、オーバーな表現はない。音に嘘がないというのだろうか。「沈黙にも過剰さにも頼ることなく、高速で変化してゆくテンション。何れの瞬間を切り取ろうとも、常に高い透明度を示すドライな音空間は特筆に値する。コーロピアン・フリーインプロヴィゼーション・シーン屈指のアコースティック・デュオ」。
この紹介は特に前半の演奏に対して的確で(後半には鋭く延ばされた高音を聴くと、ある種の透明な「過剰さ」があるようにも思えた)、なかなか言葉が追加できない。
そんな節度の中で、昼間の出来事が掻き乱れて想起されてくる。
後半は44分。前半が終わって寺内さんに主知的で構築的な即興演奏ですね、などと訳の分からない感想を言ってしまう。
優しい木漏れ日の春が去っていって、蝉の夏が来たって感じで始まった。
最高音への愛。
一音のビューティ。
屹立する透明な狂性。
基本的な部分は明確に提示されて、繰り返されていく。
私の鼓膜が同期して響き出す。
高音がただのピッチでなく虹色にプリズム化してくる。白一色に塗り込められたタブローに無限に形態が浮かんでくるような時間。大音響でもなにも不快さも恐れもない。
静かだ。寒気がちょっとするけど。
また弦が切れるがその弦を弓のように使って演奏するラッセル。気がつくと、ラストはギターだけになっていた。
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