Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》MEGA DEATH-Miyajima tatsuo

88.
5/10(水)
宮島達男『MEGA DEATH』東京オペラシティアートギャラリーなど

東京へ。初めて初台駅を降りる。新国立劇場の方に出たが殺風景なのですぐオペラシティの方へ移動する。ここもぴかぴかしているけれど、コンビニで買った弁当を広げている若いサラリーパーソンなど人の景色があるので少しほっとする。

財団法人東京オペラシティ文化財団東京オペラシティアートギャラリー企画担当の片岡真美さんによると、今日ぐらいで2万人を突破したらしい。80ぐらい媒体で取り上げられると(10ぐらいのメディアではダメだけど)集客力はぐんと伸びるのだ、と。

宮島達男展『MEGA DEATH:shout! shout! count!』。宇宙の闇や深海のような青さが象徴的なカタログに片岡真美さんが書いているように、この展覧会は「宮島の早い回顧展」ではなく、宮島達男の最新作を見せつつ、20年間ほどの彼の活動における「現在の多様な点と過去のさまざまな地点との繋がり」をも見せることを意図したものである。

副題のように、カウントする静かな発光ダイオード(L.E.D.)のカウンター(ガジェット)作品とともに、シャウトする宮島や彼のワークショップに参加した人たちのエネルギーを引き出すコミュニケーション術が大きくクローズアップされている。つまりは「宮島の描く円環」として、shout! とcount!が微妙なバランスで配置されているのだ。

まず、「鑑賞の手引き」をもらって「1.カウンター・ヴォイス・イン・ミルク」の大きなビデオプロジェクターの部屋に入る。99年、金沢工業大学で行われた男の学生のパフォーマンス映像が流れている。9.8.7.6.5.4.3.2.1、そして0は言わないで、ミルクが入った洗面器に顔を浸す。そして息が苦しくなったら顔をあげ、また同じように数え出す。カウントしシャウトする。

「2.カウンター・ヴォイス・イン・ミルク」は3月にこの展覧会の会期中に行われたワークショップ生の9台(2台ほどは写ってなかった)のビデオ映像。ゆっくりと数える女性、早い人、絶叫する人、囁く人。そのスピードの差が、カウントの個別の時間性に繋がる。ワタリウム美術館主催の「水の波紋展」での様々な言葉でのカウントパフォーマンスを思い出すが、あれは少し演出のあざとさが気になったりした。映像となったこのようなシンプルなものの方が見やすい。女性ももう化粧とか全然気にしていないようで、爽快だ。

初老の女性二人が、どこが美しいのか、とぶつぶつ。先に「時の浮遊Floating Time VI-100」の半透明スクリーンに入っていた私は、入る場所を示して、体に映る数字を見せたりする。もう一人、友達がいいと言うので来たけど・・とつぶやく中年の女性も一緒に入ってもらい、少ししゃべる。

これは少し美しいかな。でも所詮、私達には分からない世界ね。そうですね。誰も(作者も)明確な回答はないし、なくていいですよ、きっと。数字のうち、一つだけ絶対にない数字があります、なんでしょう。うーん、そうだ、6か9じゃない?ひっくり返っているだけだから。意外な回答に困るコグレ。

でも、結構、楽しみだした3人。ほっとする。そして「MEGA DEATH」。それにしても凄い題だ。離れてみていると、点にしか見えない。スタッフの多田みのりさん(ドキュメント2000プロジェクトの報告会などによく来てくれているという)が前の方に来てもらっても良いですよ、違う見え方がありますよ、と誘導する。

実は、私は、偶然に全部が真っ暗になるのだと思っていた。1/10の消える時が偶然に重なることによって。でもそれは凄く少ない確率だ。1日に10数回も真っ暗になるわけがない。別のある偶然があったのだ。2分の闇が多田さんとしゃべっているうちに訪れる。そして、少しずつ数字が点灯する。その点灯する瞬間が何ともほっとするし美しい。3人の女性のうち、中年の人が、友人がいい、と言った意味が分かりましたと囁く。

最後は「カウントダオウン・ドローイング・アゲインスト・ザ・ウォール」。激しく振動ドリルでくり貫く数字のカウント。これもシャウトとカウントが円環し、初めのミルクにも繋がり、初期に新宿などの街角でパフォーマンスを行っていた若い宮島へと繋がる。

片岡さんにICCいまおもしろいですよ〜と言われたので1階上のICC(NTTインターコミュニケーション・センター)へ上がる。

常設展は話には聞いていたものだが、岩井俊雄のキーボードを触るとアルファベットが浮かんできてフロッピーに集まるところからしてなかなかに面白い。時間が結構かかりそうなものばかりなので、急ぎ足で移動する。

ギャラリーAでは若い才能を発掘する企画展が行われている。

『ニュー・メディア ニュー・フェイス/ニューヨーク』。まず、中山ダイスケも含まれていて、これはギャラリーAではなくICCの入り口の場所で愉快にテーブル上にカップが置かれ、それをどよめかすようにボールが動いていた(Under the Table)。

インターラクティブなものでも、アットホームだったり、優しい手触りがあったりするんだなあ、とぐるっと回って思った。特に、ダニエル・ローズィンの「木の鏡」の反応は、ぱたぱたしていて、やけにレトロなデジタルさが嬉しい。自分の輪郭に反応してくれるぼんやりとした雰囲気に気持ちよさが漂う。

同様に、カミーユ・アッターバックの浮遊するPOEMのアルファベット断片が、雪のようにわたしの影に降りてくる。そっとその落下を映った自分の姿が支えて、ひとときわたしの影とアルファベットが憩うのだ。

奧のビニールプールたちの水に浮かぶコップやどんぶり。水をモーターが動かしてぶつけて音を出す。意外なほど澄んだ音がする。セレステ・ブルジエ=ムジュノー。偶然性の音彫刻の一つだろうけど、音の響きを調節するために温度管理をしていたりする。本当は椅子がプールの周りにあったので、そこにすわってプールの監視人のように音の発生に耳を澄ました方がもっと楽しめただろう。


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