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85.

5/6、5/7 
『桃山晴衣 梁塵秘抄の世界』京都/三千院門跡&東山・法住寺

5/6(土) 

岐阜県大和町/万葉ミュージアムにおいての「雪・月・花」のプロデュースなどで東京にいる間はよくお会いしていた桃山晴衣。が、実際に彼女の演奏を聴いたのは、彼女が中棹三味線で浄瑠璃の「うた」を歌い大野一雄が舞った公演を一度見ただけだった。

シリーズ道行コンサート(一)『桃山晴衣 梁塵秘抄の世界』。

《遊びをせんとや京都/献歌・三千院門跡》。明日も京都東山・法住寺で歌い、5/20には「よみがえり熊野/那智山・青岸渡寺」と題して、御白河院ゆかりの場所、那智の滝を背景にうたうという(5/21は熊野古道を散策しながら語り交流する)。

〈長い旅路を辿り、うたの源流をさぐり当てた桃山晴衣が、2000年から道行コンサートに歩き出します〉〈第一回は平安末、御白河院が[梁塵秘抄]を編纂するにいたった史跡を巡る絵巻〉のようなコンサートをする、ということ。

大原に辿り着くと18時を回っていた。鴨川べりを走る途中から新緑が美しく、もっと優雅に景色を見たり大原周辺を散策したらよかったのに。

終わりかけの店屋の並ぶ上り坂を早足で上がって、三千院の往生極楽院に着く。すでに桃山晴衣は話し始めている。周囲の若葉が黄緑色を垂らし、奥には阿弥陀様が見える。小鳥が鳴き、風が木々をシェイクする。

無伴奏で(彼女の歌は最後を除き、響かない小鼓を叩くことはあるが、無伴奏)まず「仏は常に」を歌う。すべて歌詞は梁塵秘抄なのだろう。・・・仏も昔は人なりき、我らも(前世?)は仏なり・・・気持ちよく声を空気に乗せている。お坊さんも聴いている。年配の人たちがグループで来ているようだ。

和ろうそくで灯された苔庭の通路を辿り、宸殿へ。急ぎ足なのでその情緒を楽しむまでには至らず。3方を座布団席で取り巻く。

18:35〜19:02まで、声明タイム。三千院門跡小堀光詮大僧正が真ん中の席。終わりの方で印象的なソロを唱える。みんなそうだが、1/2音以下ぐらいの微妙な音程の上下やグリサンドが聞こえる。特に着座讃における冒頭のソロはその微妙な声が印象的。左右に3人ずつの三千院門跡声明出仕僧。大僧正はオレンジとえんじの衣、6人の僧は黄緑色の衣が季節だ。

手前の僧がソロをとり、合唱するのだが、2部合唱になっていて、文句も異なっている。斉唱のようなときも手前の僧〈私のすぐそばだったので)は音を低くして意図的に合わないように歌っているように思った。

さて、桃山晴衣 梁塵秘抄の世界の番だ。まず、外で彼女の歌が聞こえ出す。苔庭を渡ってくる趣向。宸殿の上手に座る。声明が行われた板の間には入らない。私は遠い席に座ったものだ。痺れるけれど正座して19:38まで、彼女の歌声に耳をすませた。

一つ一つの歌は極めて短い。解説している時間とほぼ同じと言っていいだろう。12世紀の路上で人びとに歌われていた口ずさみ。それを宮殿に取り入れてまた法王や貴族たちが楽しんできた。仏教的なものが多いけれど、そうではない、かなり直接的に艶かしい心情を歌ったものもある。一人寝の寂しさ、心変わりした恋人をけなすけなし唄など。それらを中心に彼女が歌う。

瑠璃の浄土。烏は見る世(烏はいつも真っ黒、鷺は歳老いても白い・・)。我を頼めて(これが恋人をけなすもの)。筑紫の門司の関。遊びをせんとや。龍女は仏に。この中にあったのかどうか分からないけど、かしらじらみ、なんてけったいなものもあった。

「遊びやせんとや」の前に、桃山の背後の障子が開いて真っ暗な外が浮かび、そこから踊りの檜千尋が、真っ白な舞踊面(大江巳乃助作)をつけて朱の衣装で少しだけ踊る。途中で滑らかでない動きを二つほど。黄色の薄衣を纏う桃山と見つめ合うような歌に即した動き。

声明と似た西洋音程よりも微妙な動きなどもあったが、桃山の作曲には童唄とか浄瑠璃語りのなかの節回しなど日本の様々なメロディの記憶が瑠璃のように象嵌されていて、見る場所によって色々に光るようだ。でも、少し断片過ぎるきらいはある。

5/7(日)

東山七条辺りをぶらぶら。早く来ていたのに道草をしていたので、三十三間堂の奧にある法住寺に入ると、もういい席はなくなっていた。住職の奥さんからこのお寺のいわれを聞く。:「身代わり不動尊」がある本堂は奥行きがあって、なかなかに深い趣がある。

後白河院の住居であった法住寺。本物の厨子に入った後白河法王の像が開帳されている。若葉が輝くお庭の向こうにはお墓がある。この辺り一体は、三十三間堂も含めて後白河院の広大な屋敷であり、その外の七条通り辺りで面白い歌を歌って歩く人を見つけては、この屋敷内へ連れてきて歌わせ、後白河院は御簾の中で聞き取ったという。熊野に34回も出かけたのも面白い白拍子がいたから、というから、後白河院はよっぽど、今様が好きだったのだろう。

『桃山晴衣 梁塵秘抄の世界』の2日目。今日は橙の着物に半分衣を肩から掛けている。中棹の三味線を今日は奏でる。やっぱりこの音が聴きたかった、と思う。上品な音色である。初めは、阿弥陀さまの春夏秋冬のうたを無伴奏にて。話を15分ほどして、三味線による歌。次は昨日も歌った「春の初めのうたまくら・・」という邪気のない歌声。

梁塵秘抄は短いのでどんどん続く。三味線の序奏が長く聴きごたえがあったのが「我が恋は・・」で始まった歌。三味線の「さわり」による2重の音を考え出した昔の人たちの智恵を実感する。つまり響きの偶然性や濁りを愛する気持ちだ。童歌のようなシンプルなものもいいが、微妙な音程の揺れを感じさせる難しい歌もやっぱり良い。

楽しかったのは「熊野へ参らむと思へども、徒歩(かち)より参れば道遠し・・」という歌を、初め聴き、今度は1節ずつ歌わせてもらい、最後に通して歌ったこと。これは、もう少し最初からプログラムして、歌詞をくばったりすると、ワークショップではないが、立派な体験的レクチャーコンサートになる。


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