Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》NARA Yoshitomo&RAKU-DNA
188.
1/18(木)
京都精華大学『奈良美智/アセンブリーアワー講演会』
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京都造形芸術大学GALLERY RAKU『共振するDNA』
午後休みをとって、女房と奈良美智の本を数冊携え京都精華大学2000年度アセンブリーアワー講演会“ACROSS A BORDER〜奈良美智 学生と対話”へ行き(すごい人数が集まっていた。こんな人気のなかにいても、自分らしさを通そうとするナナさんのシャイな誠実さがステキだった)、帰りに叡山電鉄茶山駅で降りて京都造形芸術大学GALLERY RAKUで『共振するDNA〜表現の内奥をさぐる』を見て、「食べカス」ワークショップをしてみた。
京都精華大学黎明館L-101。入場無料申込不要。14:40から。その2分前に奈良美智(ナナさん)登場。冒頭のイントネーションで会場からどよめき。東北(やはり弘前特有なのだろうか)の独特の語り口。それだけでじーんとくる。ずっと弘前を離れ日本語すら使わなかったのに(いや使わなかったからこそか)、津軽弁なのだ。ひょっとしたら自信がそうさせているのか(これはムサ美、愛知芸大時代を知らないとよくは判断できない)。
暗くしてスライドショーから始めるのではなく、図像学の田村講師との対談から(初めの司会進行は小林昌夫ギャラリーフロール学芸員)で、かなり緊張したということ(サポーターがやっている半公式HPであるHAPPY HOUR内の彼の日記がすぐにアップされていた)。しかし、語り出すと「恥ずかしいけど」「恥ずかしい」と前後につけながらも、あつく語っていく。相手の言いたいことを何とかさぐりあて、誠実に答えようとするナナさん。
立ち見の人たちが後ろに壁のようになっている。つき山いくよさんが早くからきたんですね、と言いに来る。1時間ほど前について、たまたま前から5列目に空きがあったのだ。カメラのフラッシュ。撮影は止めてくださいと注意が入る。あとHAPPY HOURで分かったのだが、高校生が学校を休んで来ている。小学校2年生の子どもとお母さん。年配の女性組も。でも学生か卒業間もない人たち。8割ぐらいかな、女性比率は。
スライドショーのあと質問した人の中では、保育士の女性が一番ちゃんとしていた。一方、好きな人がいるかどうかを聞いた大阪芸大卒業生が最もペケだった(でもプレゼントをちゃんと受け取るナナさん。ぼくも「現代のまちづくり」を持ってきていたが渡せなかった)。精華の学生は自分の作品を見てもらっていた。どんどんやって、自分で自分の真似をし出したら、それはやめて違うことをすること、というアドバイス。
こいぬや二等身少女の誕生のきっかけ。学生の頃の作品歴(家の形が絵の中や立体によく出ていた)。辿っていくと落書きみたいに昔から描いていた。女の子の形は、ゴキブリの胴にぽっちゃりした大学ラクビー部マネージャーの女性の顔を載せたのが由来の一つらしい。
いつから職業欄に美術家と書いたかという冒頭の質問には、1996年からだと。それまでは学生だったから。意識したのは、そういう質問が来るようになったから、とも。猫はないのかなと思っていたら、写真では猫と目が合うのでよく写していた。
小さい子がひらがなの練習帳でなぞっている時にはまだ字体はできていないけど、そのうちに自分の字体になっていく。ナナさんもそうして、これは奈良美智の絵だ、立体だとすぐに分かるようになった。「経験」、このことばを私はよく使うと。手の洗練化。ドンマイQちゃんは予備校の先生のときほとんどの美大を落ちたQちゃんを励まそうと作った。ガールインザムーン、これは既製品を並べる作品の一つ。
自分の作品を自分のことばでいうのは恥ずかしいです。
木で造っていましたが、「木の味」に頼るのがいやで発泡スチロール=FRPを使うようになった。軽いので自分だけでできるし。
題名はみんなが思うよりよく考えてつけます。
これは「ネール犬」。ネール首相が戦後日本の子どもたちにインド象を贈ってくれた話を小さいときに聞いていて、ずっとしてから、この犬と帽子になりました。この女の子は頭から描いたら、足が描けないので座らせています。構図は黄金分割やシンメトリーをはずす。下書きはしません。最近は、イメージしたことを手が思うように描いてくれるようになりました。
いまは、試行錯誤がないので、思ったこと見たこと聞いたことを、透明な感じで表現できるようになった。1年半前から「丁寧に作る」(ex.きちんとはみ出さないで描く)という自分にとっては難しいことに挑戦している(ばーっと描いていく方が得意だし、アイディアもぼんぼんでるから)。
でも色々アイディアを出していくのは面白いけど10年後には残らないものになりそうなので、このやり方は取らない。一方、いまのものを変えるという道もあるだろうけど、この道もとらない。いままでのものをもっともっと丁寧にしていく方向で考えている。
書物や理論ではなく、自分が経験したものを頼りにする。自分の昔に遡ってまた戻ってくる。その時に忘れられないもの、連れ戻ってくるもの。5歳の自分、10歳の自分、高校生の時・・・。それらが交差して、ひねくれた、かわいい、にくたらしい、気持ち悪い、そんな絡み合った世界が生まれてくる。先を考えるのは不確かだから、未来はなるだけ考えない。
描かされていると思うようになったら、いやだなあ(名前を変えて消えようか)。変わらないことがあるといまでも変わらず思うから、有名になっても大丈夫だといまは言える。自分のために本当にやっていくという方が、他人のためにするとかよりも、実はずっと大変なことなんだ。
借り物でない自分を辿っていく。イメージを強く持つ。再発見こそ発見なのだ。すでに見たりしているのだけれど、それに気づいていないだけ。
落ち込んだりするときは、10年前の自分が10年後に描いていた「将来の自分」のことを思い出すようにしている。そうすると大丈夫になるよ。
女房は「さきちゃんへ」とサインを並んで書いてもらう。私は小林学芸員にチラシを渡す。そして、茶山駅へ。
京都造形芸術大学GALLERY RAKU『共振するDNA〜表現の内奥をさぐる』。本当は、岩下徹ワークショップや21日のはたよしこ、小林昌廣、ムラギしマナブ(奔放な絵を出展している)、おのさやか、椎原保のシンポを聞いた方がよいのだろうが、展示だけでもその混沌とした感じはよく出ている。
一番単純にその量と繰り返しに惹かれたのは端脇健一、紙の横一列の行進だった。彼は20年近くも「壁の黒板」を中心に家の断片や、置物を描き続けている。
山本純子のアップリケの暖かさは、ばく大な量によって尋常さを逸脱しているとも言えるが、それがある限り彼女の存在を保障しているには違いない。近づくと包むものを持っている。
「存在の保障」ということでは、今村花子のように、自分の食べ残しを畳の上に並べるという行為を繰り返すことが最も身近でかつ根源的なもの(エイブルアートの姿)だと思う。パフォーマンスアートの源泉でもある。それをお母さんが写真を撮る。では、その写真を彼女はどう思うのか。私の作品として認知するのか。箱庭療法ではないが、無造作な素材と作業な故に、一番自分が出てしまうこわい行為であることは、自分がワークショップとしてやってみて(ポラロイドで写して壁に貼って)、よく分かった。
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