3 1999/9/15(水) 

第25回彦根城能「蝉丸」「千鳥」 

彦根城博物館能舞台

9.15.水(敬老の日) 

台風が来て去っていった。

初めて彦根の駅に降りた。お城が見える。まっすぐに歩くと市役所を通ってもう堀。ホールや図書館や大学がある。確かに滋賀県庁は彦根にあった方が人口は少ないけどイメージしやすいなあ。お土産屋にて、麩(彦根市産)と湯葉(能登川産)を買ったりして、彦根城博物館能舞台が開くのを待つ。台風が過ぎると一気に涼しくなり。

17:30開場。

シテの友枝昭世が急病につきまして、粟谷菊生(人間国宝)が代役を務めることになりました、と張り紙。では、地頭は誰になるのだろう、という疑問を受付の人たちに聞くが分からないようだ(地頭ということばも初め通じず)。アナウンスでも「人間国宝の」という形容詞がついていて、すごい肩書きだなあ、と思う。本人はどう感じるのだろう。ふざけて、人間国宝の桂米朝です、とか言うのだろうか。

予約するのが遅かったので、脇正面の突き出した一列目(ぬれ縁なので、雨ならビニールシートを使うことになっていた)が私の席。雨が降れば少し大変だったかも知れない。でも雨もあがり、風が半野外なためにびゅーんと吹き抜け、橋懸かりも斜めになって見やすく、とてもラッキーな席だった。始まると、蝉丸(当日パンフに「能面鑑賞」そして蝉丸の能面が大きなカラー写真で紹介されている)が正面に見え、仕えるワキの背中越しに、ぼーと浮かぶ蝉丸(淋しい眼なのに諦めた笑いも微かにしているよう)のどこか存在感の乏しい姿と直に向かい合うことになった。

能舞台と橋懸かりが独立した屋根つき建物。そのはるか上部に城の木々が見え、そのまた上は夜の空。今日は雲が広がっている(月の光、星のまばたきが見える時にもまた行きたい)が、鳥が飛び交う世界が私たち見所との間の白州(しらす)の上空に広がる。

帰りに、東京から来た熟年女性二人組が愚痴っていた。というのは、正面の前から数列目だったのだが、そこは傾斜がなくて(後ろはせり上がっている)パーマな女性の頭などでとても見えずらかったらしいのだ。

さて第25回彦根城能、18:00〜18:24まで大蔵流狂言「千鳥」。

茂山千之丞の舞は軽妙で気持ちがいい(酒樽にすいすいすいと近づく動きなども含めて)。声の大きさを変化させて、ただ謡っているのではなく、演技する気持ちがその変化によって表されている(ニフティに茂山あきらの演技を誉める書き込みあり)。茂山家は彦根藩に召し抱えられていたのだったっけねえ。

筋は、主人(茂山童司)に命じられて、太郎冠者(千之丞)は、酒屋(茂山あきら)に、代金を持たずに酒だるを買いに行くお馴染みの話。酒屋の好きな芸事を披露して、首尾良くお酒を持って帰れるかしら。主人から飲ませてあげる、っていう確約を取ったのでがんばる太郎冠者。

だれもどこにも悪意がないからか、よく演じられるのだろう。それに中世の芸能がうまくまぶされ、見立てに物まね、何度見ても微笑むことができるし。

さて、喜多流能「蝉丸」。

戦後人気が出たが、それまでは素謡専用の曲とされたり戦時中は不敬とかで禁止されたり。確かに、前半は動きがほとんどなく、朗唱と対話を楽しむ演目だ。

18:35〜19:55。長いお能だが、前半はツレの蝉丸(粟谷能夫)が逢坂山に捨てられるまで、が演劇的な変化を持って描かれる。秋の虫の声が一段とはっきり透明に響く中、会話が進む。風の吹く音。そして、囃子。笛:森田順人、小鼓:曽和博朗、大鼓:山本孝。笛は私にとっては初めての人のよう。山本孝が大槻能楽堂の正面ではきつすぎる時があったが、今日は全くいい具合の音量。一度オープンエアを通ってくる音を聞くのもなかなかいいもの。

清貫=ワキ(福王和幸?背の高く男前の人)と蝉丸=ツレの会話。蝉丸の建て前(父の天皇の慈悲だ)と本心(父帝には捨てられて)の交錯が聞き所。その「捨てられて・・」のあと、笠も杖も落として一直線に並ぶところは眼にも鮮やか。

19:10ごろ、博雅三位=アイ(丸石やすし)がやってきて、小屋を作ってくれる(ワキの横に置かれていた造り物に入るけど、電話ボックスにいるみたい)。蝉丸が琵琶を弾く、ということは、扇で表しているのだろう。

後半は、蝉丸の姉、逆髪=シテ(粟谷菊生)が橋懸かりに登場。小柄で身が軽い。声は少ししゃがれて、その分聞きづらい。狂気の故に、世間体気にせず、体が軽快に動くのか。髪は天を向き、撫でるさまをしても下には向かない。天上に近い人。

「松蟲鈴蟲きりぎりすの、鳴くや夕陰も山科の里人も咎むなよ。狂女なれど心は清瀧川と知るべし。・・・」(当日、詞章が裏表に印刷されたB4の紙をもらう、親切!)。私たちも、本当に虫の声を聞きながら、滋賀へとやってきた姉が自分の弟、蝉丸の琵琶を聴くのに立ち会う。

逢坂の関、百人一首の蝉丸(一人だけ出家しても頭を覆っているので目立つのよね)と私たちにも分かりやすい離合の符号が、秋の気配にマッチしていた。


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