Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》ROKYOKU-Issinji
大阪市営地下鉄四天王寺前夕陽丘駅を降りて、一心寺へと向かう。汗ばむ。Part1が工事中なので、公演は一心寺シアターPart2に今月から変わった一心寺門前浪曲寄席。初めての生の浪曲体験だ。
受付で2000円(学生は1000円)払い、最新号(関西の浪曲特集)を販売している『上方芸能』編集部の木村友紀さんに挨拶。
13時を数分回っているだけだったが、すでに始まっていた(まだ最初の口上)。みんな椅子席。ほぼいっぱい(50数席か)で、やはり年配の人が多い。年配の人でも男性に誘われて初めて聴くおばあさんがいたり、着物姿の若い女性なども交じる。終わりは15:10。
予定では、京山宗若という人も上がっていたが、その人の代わりに、まだ若々しい、幸いってんが、相撲好きの人たちの話をする。あとで上方芸能で調べると「玉川お芳〜御所桜仙之助」というネタ。30分ほど。後半分は今日は語られなかったので、玉川お芳が出てきたところで終わる。
マイクがあり照明が結構いっぱいあって壇上の浪曲師を照らす。公演する真ん中の大きな台に下手の小さな台。ここには湯飲みがあって、歌から語りになる時などにお茶を飲む。背後に自分の紋を大きく染めた布をかけている(湯飲みも同じ紋)。この装置は、浪曲師が代わるときに上手の演者名めくりとともに、そのつど取り替えられる。
幸いってんは、まだ、三味線(客席からは見えない)に合わないところや、笑いの部分の自信のなさ、詰まってしまう所がある。このあとの3人とはかなり修行差あり。でも、浪曲の醍醐味は十分楽しめる。相撲にまつわる話だが、結局、「喧嘩」になるようだ。行事を殺してしまった大鳥毛という大関、その行事の娘お君が大鳥毛と対決する大関、御所桜の婚約者となり、ひいきする駿河の二人の言い争いをきっかけに、仇討ちの様相も呈する。
次は、59年生まれの真山(まやま)廣若。〈亀甲組より「涙の関西鉄道」〉。24分。これは彼にとって新しいネタ。師匠は真山一郎。他の人と一番違うのが、伴奏を三味線でなくテープによっていて、効果音もあり(美空ひばりとかが出る)歌謡映画を見ているように感じられることだ。帰り彼が歩いて帰っている所を眺めていたが小柄で普通の若い衆という風情。ところが、ステージに上がるとやっぱり「はな」がある。声が高い。浪曲(的)歌謡の部分多し。派手な青の着物。
筋は、法被(半纏だったか)をまとう土木工事の請負師同士の争い。みんな喧嘩だなあ。滋賀県、三重県あたりに鉄道を通す時代(明治かな)の話。やっと邪魔が入り、島という奥さんが敵(塚田組)の者になぶりものにされそうになって、自死をし、夫は復讐を行わず助っ人にまかせ、ひたすら工事を請け負い鉄道のレールを通す、という話。近代物の浪曲というのはどこかレアな感じがする。
京山幸枝丸は、「左甚五郎〜千人坊主」。37分。薄い桃色の着物。渋い雰囲気。大久保彦左衛門が特に贔屓している左甚五郎に、島津薩摩守が、5寸四方の板に千人坊主を作らせることができるかと持ちかける。自分の首と「ひこざ」のご意見番の地位を賭けるということになる。だいたい、直接的な暴力でなくても結局命を賭ける喧嘩になるわけか。
なぜか、999人の坊主は彫れても、1000人目は彫れない言い伝え。やっぱり、左甚五郎は彫れなかったか・・。聖徳太子が親鸞の夢に出てきたりとどんどん神格化され、菅原道真と並んで日本の庶民の重要な信仰と説話の源となっている。ここでも、そうだ。微妙な音域を揺れる唸りの歌い回しが印象に残る。
ラストは、大阪にぴったりの太閤もの。一番渋い語り唸りだが、客席の目には涙が溜まっていた。
吉田奈良丸。太閤記から、「浜松城報恩美談」。39分。この前、講談で、秀吉(日吉丸)が松下殿に奉公していて子守だった頃の逸話を聴いた。その日吉丸が天下を治め、浜松城に寄ったときのこと。そこで昔の奉公先の松下を呼び、さらにその松下の元で一緒に働いていたお菊を呼んで、懐かく再会する話。
紺の地味な着物、低い声の吉田奈良丸。少しアホの坂田に似ている顔。笑うと愛嬌あり。静かな間が独特に空く。かつて使えていた上司が、自分よりもいまはずっと下々になっている。でも、松下は呼びつけるとはなんだ、と言う。秀吉は、行きたいのだがそうするとそちらにかえって迷惑がかかる。来て、叱ってくれ、と言う。松下は秀吉に会い、偉くなったものだ(人物的にも)と思う。ここには、もちろん、秀吉像の美化(難波人のお国自慢)が見られるのだろう。
そして、一度は体を許し合った菊をよぶ秀吉。菊は見る影もない白髪頭の横須賀の漁師の妻になっている。そして秀吉に会った菊は、何もいらない、それよりもいい政治をあなたにしてもらうのが唯一の願いだ、と言う。おもねらない二人。
教訓的な締めではあるが、身分はどうであれ、悟り、というのはみんな同じなのだ、と。そして、秀吉はもう用事はないと、淀君の居る大坂城へと急いで帰る。
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