Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》SHIMOGAMO-kisyo

247.
7/21(土)
ダンス・パフォーマンス『下鴨氣象』アトリエ劇研

いつか「チラシ」展をしたいのだが、当日パンフ展というのも合わせて絶対したいと思った。

宣伝美術の清水俊洋は青系統の繊細な色使いが独特である。
今回、清水君による『下鴨氣象』のチラシ(今日は受付のブースにこのチラシが浮かんでいた)は大文字から眺めた深い青の世界の京都。
今日アトリエ劇研で配られた彼の当日パンフも実に凝ったものだった。

ただのA4版の4角に下鴨氣象の文字を一つずつ書く、真ん中を斜め正方形に残して、そこに3枚の正方形のカードを入れて袋みたいに包んでしまう。
入っているのは、ダンスユニットセレノグラフィカ、作品に寄せて「三つの遠近法」。
砂連尾理+寺田みさこ、作品に寄せて「あしたはきっと晴れるでしょ」。これが振付家のことばのカード(2枚)。3枚目のカードは、協力者を紹介するもので、その裏面には鴨川を下に観るダークな青空が映っている。
この3枚のカードを包んでいるA4版の紙には2グループの略歴などの基本情報が載っているわけだ。

アトリエ劇研は満員、立ち見も出る。
ダンス・パフォーマンス『下鴨氣象』19:12〜20:45。初めが43分間、12分の休憩の後、38分間。
どちらも男女のデュオ。暗い中の明かり(照明/吉本有輝子)の感じは同じだが、でもぜんぜん違う内容のものが二つあった。制作は昨日もびわ湖ホールで会った横堀ふみ(DANCE BOX実行委員会)。

セレノグラフィカの二人の踊りは使っている音響も、20世紀の構築的な無調音楽が中心で、踊りも昔からのモダンダンスのパタンを使っている。かっちりした抽象絵画をいまだに律儀に続けている作家のことを思った。でも変にテーマとかがあるのかも知れず、それがもしあったら気持ち悪いなとも思う。

一方、砂連尾理+寺田みさこ「あしたはきっと晴れるでしょ」は再演であり、中京青年の家で十分に楽しませてもらっている。でも、国際結婚をした夫婦の会話や歌のテープをまた聴いても、その新鮮さと日常の中にある揺らぎに驚くのだ(構成は大きく変わっているのかそうでないのかちょっと記憶がいい加減である)。

二人のダンスは微妙なずれやシンクロ、笑い、混乱の集積である、音響も振付も。レディ・メイド以降の美術と同じ水平線にある(とかってに自分で連想してみる)。オブジェの偶発的な組み合わせと同じように、具体音と日常の仕草についての、慎重な採取と再構成からなる、緻密なダンスステージである(このことはそんなに変わってはいない)。

でも、絶対に、寺田みさこの踊りは変わったと思う。前はもっと存分に自分のテクニックを伸びやかに披露している感じがして、変な仕草の部分は、ちょっと砂連尾さんがするから一緒にしてあげましょって感じがなくもなかったのだが、今回など、彼女の方が「微妙に壊れ」ていて、それは彼女の表情にも表れている。

一方、砂連尾理の方が彼女の積極的な動きに翻弄されているようなところもあるし、それがまた嬉しいなんていう心模様のデュオだって言えなくもないのだ。

ちりちりと針金のオブジェが鳴った気がした。
近景で横向きに二人が重なる冒頭。細部の震えが美しい。指たちの振動。ホホを左手でそっとあてがう仕草だけの砂連尾理。下のオブジェに向かって手をかざす動き、などなど。

このような仕草の断片が、様々なシーンでバラバラに再編されて組み合わされる。具体音を使ったミニマムな音楽とも通じる有り様だし、それは反復する日常というまったりした時間への対応でもある。

とても多面的な受容がなされるのだと思う。ひょっとして何これ?っと混乱している人がいたとしたら、モダンダンスとかをかっちりと身につけている人などダンスの領域内にいる人たちだったりするかも知れない。

正面に向いた時に引き出される‘二人のズボンを摘むダンス’がぼくは一番印象的だが、たとえば、後ろ向きに座って手遊びをするシーンが好きだという娘が終わった後感想を自分から話すのはとても嬉しいことだし、遠くで楽隊たちが通っていくチェーホフの有名なシーンが蘇るなんて演劇好きの人が言ったとしても驚かない。


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