Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Shigakenbi-Shintaiken
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滋賀県立近代美術館がどんな作品をどういう考え方で収蔵してきたかを、県の住人たちに気楽に来てもらってそれとなく説明しているようにも思える展覧会だった。5日から今日までは無料(展覧会は2/20まで)。
開館15周年記念・所蔵名品展『現代美術・新体験』<誰でもわかる。わからなくても楽しめる。>
親子連れ、おじいちゃんと孫、年配の夫婦が多くてしかも熱心に観察している。作品の一つ一つに、心のこもった呼びかけ「鑑賞のためのヒント」があって、「たのしくわかるワークシート」には、それよりも細かく「よく見る」ために3つほどのクイズ(質問)があがっている。
新体験は「たのしくわかる4つのヒント」という次の4つのコーナーに分かれている。
「ここの新体験」「いろの新体験」「わたしの新体験」「ことばの新体験」。
「ここの新体験」での人気(順路の最後に、気に入った作品についてメッセージを書いて紙を貼り付けるコーナーがあり、そこで一番多くの紙が書かれていたもの)はアバカノヴィッチ「群衆4」。
この作品のワークシートには次のようなことが問い掛けられている。
「(1)個々の人体の後ろ側がどうなっているのか、確かめてみましょう。(2)この群衆を見て、あなたはどんな人々の群をれんそうしますか?(例:アウシュヴィッツに収容されたユダヤ人。通勤ラッシュのサラリーマンの群れ。など)(3)この作品は素材に「麻の布」を用いていますが、それはなぜだと思いますか?この作品がプラスチックや木、金属などで作られているところを想像して、比べながら考えてみて下さい。」
鑑賞者が作品に入り込むような新しい感じ方を促すような(1)。(2)は連想の例、少し直接的かも知れないけど。そして素材への関心を促す(3)。ここの学芸員の平田健生さんが年賀状に超多忙だったと書くのはよく分かる。
「いろの新体験」では、同じ黒でもタピエスとラインハートの違い(象徴性/心情性の有無とか)が比較しやすく配置されていて、黒だけの展覧会が昔あったような(行きたかった)ことを思い出す。
ここまでで、かなり疲れて一服していると、黒い布があるテーブルに「アートカードゲーム」が置かれていた(なお「ここ」のコーナーにあったクリフォード・スティルの前にもその絵を完成させるジグソーパズルが机に置かれて、おじいさんが孫に遊ばせていた)。
2つの遊び方があったが、女房と二人なので「七並べ風絵合わせゲーム」(もう一つは「キーワードゲーム」)をする。展示された作品もカードになっているし、次に行く作品が予め予習できたりもする。
場に出ているカードと共通した持ちカードを出して、たとえば「どちらも赤い色を使っている」と言ってみんなに了承されたら置ける。同じ共通点を言えないので、最後の方になる(手持ちカードがなくなると勝ち)と積み上げたカードをめくったりもする。
七並べなら、相手がカードを置かないとずっと置けないが、ここではやりながら共通点をふと思いつけば置けるようになる。そんなところがいかにもアートの自由さと気紛れさだ。
女房はすぐに裏をみて、どちらも版画、とか言う。こちらは少し思いがけない共通点を探そうとやっきになる。シーガル「コーヒーを注ぐウェイトレス」とウォーホール「キャンベルスープ」で「どちらも食事」というのがせいぜいだけど。
年配の女性が来たので誘って3人でする。2人よりずっと面白い。声が大きくなって監視員から注意される。おずおずとカードを出して説明する彼女の人柄が本当によくでる。女房は次のコーナーに行ったが、私は小学校ぐらいの姉妹と20歳ぐらいの女性を誘って4人でしてみる。これもまた楽しい(子どもは少し同じ共通点でもOKにした)。
見終わってから、またゲームコーナーに行くと、熱心にカードの説明を読んでいる30歳代の女性がいて、3人でやりませんか、と誘う。何だか、賭博師=胴元になったような気分。彼女はフォンタナが好きだったりでかなり美術好き。いい加減な共通点ではだめそうなので、必死になる。私たちは帰ったが、彼女は一緒に来た夫と子ども2人を誘ってまたゲームを始めたようだった。
「わたしの新体験」では、ポロックの小さなもやもやした黒い浮遊物(1944-45頃の作品)に気持ちが引かれる。もちろん、ロスコ、高松次郎の方が鑑賞者の人気(やはり貼った紙の数でのこと)はありそうだし、それも納得できるが。
「ことばの新体験」ではジャスパージョーンズの「ノー」、ジム・ダイン「シンシナティ」に私も引かれる。荒川修作「ふち」の英語文をしっかりと読んで(訳もあったし)、それと同時に、抽象的ながら画面に描かれてることをしっかりと確認したら、何だか初めて彼の肉声を聴いたようで、荒川修作って親しめるんだなあと思った。どうも、敬遠していたのは、コンセプチュアルな英語と、養老天命反転地などの解説とかでカッコつけている感じがしていたからだが、きっと彼や周囲の言説から食わずぎらいになっていただけかも、と思い直した。
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