Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Shirin Neshat at Kanazawa

201.
3/3(土)
金沢市現代美術館プレ・イヴェントVol.9《シリン・ネシャット展》金沢市民芸術村

何せ金沢市民芸術村は、衛紀生さんからずっと聴いていた紡績工場跡のレンガ倉庫群だからすでに訪ねていてもいいはず。なのに、初めてこの場所へ行き、広い敷地に驚く。
タクシーの運転手(年輩)さんが、ここには「ものつくり大学」の小型版(笑)もあるって言っていたけど、それはレンガ倉庫以外に、造園や仏像などの職人さんの制作学校みたいなのもあるからだった。

あとでレセプションをしたレストランもレンガ倉庫を改築してあるし、奥には、レンガ倉庫ではなく、民家(移築だろうか?)があって、市民の人たちの楽しみで作られれた美術工芸展が行われている。実にほのぼのして、そこから眺めるレンガ倉庫の姿にシャッターを押した。

ドラマ工房、アート工房、オープンスペースなどをフルに使い《シリン・ネシャット展》がオープン(今日から25日まで)。金沢市現代美術館プレ・イヴェントVol.9「21世紀に向けて芸術の新しい在り方をさぐる」。主催は金沢市現代美術館建設事務局。

シリン・ネシャットは、1957年、イラン、カズウィーン生まれ。1974年以来米国暮らし。82年、カリフォルニア大学バークレー校美術専攻修士号取得、現在ニューヨークに在住し制作している。90年、12年ぶりにイランに帰国。途方もないショックを受け、93年から写真、そして映像作品を発表し続けている。

たどり着くとすぐに金沢現美の学芸員、黒沢伸さんが見つけてくれる。13:30でアート工房が会場になる関係で《荒れ狂う Turbulent》(1998年、10分)は観れなくなるのでそれからみたら、と教えてくれる。なお今回の3つの作品(シリーズもの)はすべて、ヴィデオ・インスタレーションであり白黒である(男が白いシャツ、女が全身黒の体、髪を隠す衣装)。

囲われた大きな箱に入ると(朝日新聞の大西記者がいた)、両壁に二つの大きな画面があって、同時にその二つが映っている。
画面の一方は男性歌手が伝統的な歌を歌っている。聴衆もみんな男性。彼(あとでシリン・ネシャットさんの旦那さんらしいことがわかる)は、おかしなことに聴衆に向かって歌わず、あたかも、反対側の黒いチャドルに覆われた女性の後ろ姿に向かって歌っているようだ。

男の歌が終わるとおもむろにその女性の顔が見えてくる。低い声が響く。ヴォカリーズで、しゃっくりをするような、かなりアバンギャルドな声のようでもあり、ホーミーなどとも通じる発声でもある。低い声からピッチが上がる。女性の標準的な音域になる。

女性は公衆の前では黒いベールに囲まれているから、もちろん「声」を上げる(自分の意見を主張する)ことなどあるわけはない。この美術という空間、インスタレーション世界だけに、あたかもその声が、対面の男性歌手と男性聴衆へと突き刺さるように「撃た」れ、それを受けてあたかも映像では男たちは呆然と色を失っているように描かれている。男たちはそれを自ら望んで、愉悦の表情をしているようにも見える。

《歓喜 Rapture》(1999年、13分)、ドラマ工房(6点の写真も展示されている。これは金沢市所蔵)。一番ドラマチック(=ナラティブ)なもの。海のそばの要塞に男たちが儀式をしている。一方、対面の壁の映像では女たちは浜へと出かけて、一部のものは舟に乗って海へとこぎ出す。

要塞から男たちは女たちへ手を振っているように見える。砂漠の中の城=人工。砂浜から海へという自然。その対比(二項対立)。イスラム世界の厳しい自然が、女たちを自然から隔離している要因の一つであるわけだが、それをネシャットは映像の中であえて、女に自然を出会わせる。
これは、モロッコで撮影したという。現地の人たちを集めてイラン人に近い人を選ぶ(選ばれないでお金をもらえない人たちに対して複雑な気持ちになるとシリン)。

《熱情 Fervor》(2000年、10分)。オープンスペース。ここは、作りつけの段差がある座る場所があって、初めの二つと違って、2つの画面が左右に分割して撮されている。前後を見比べる鑑賞者の体勢の不安定さはなくなり、相互の対比は、ときにつながり、ときに分離して観察することができる。
イランの社会の男女の分離が、説教の場面で実にくっきりと描かれる。

説教師だけが男女の観衆に向かっていて、両側の観衆はお互いの反応や顔を見れない。
でも、一組の女と男はお互いの息づかいを感じている。
女が黒い幕に顔を向けると男もまた黒い幕に顔を向ける(一緒に観ていた娘さきは穴があいているのかと思ったと言う)。女が去る。その気配を男はすぐに察知する。でも彼は下を向いたままだ。そのとき彼のまわりの男たちの圧力を彼も私たちも感じることが出来る。

このように、映画的な作品を続けると、どうしても美術家としては分業的な共同作業のために、シナリオを書いたり人に任せたりすることが多くなり、マネジメントも複雑になるだろう。政治的な関係も(主題には入らなくても)、西洋からの支援でイスラム世界でロケをすること自体、色々と広い意味のポリティカルな意味や影響が出てくることは間違いない。

日本文化については、彼女初来日だから、アメリカと対比してイランと同じように考えているみたいだった。きっと、ネシャットが日本の今の女性について考えたり、日本にいるムスリムの人たちの考え方を知ると、二項対立だけでは測れない美術的思考を思うのではないかとも思った。

でも簡単にコメントするには余りにも大きなテーマを持つ展示であり、シリン・ネシャットのトークだった(質問も、関西の女性二人はじめ実にアーツのみならず多文化理解への切り口による真剣なもの)。暖房の温風が私達にはもろに当たるようになっていてさきは卒倒しそうになっていた。運営のマネジメントをしている市川照代さんに、弱めるようにお願いしにいったら、ちょうど弱めるところだった。


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