Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》TANNO K.=009/010/011

142.
9/26(火) 
丹野賢一/NUMBERING MACHINE『009,010,011』TRII HALL

トリイホール、第6回大阪ダンスエクスペリアンス前期の2番バッター。
丹野賢一/NUMBERING MACHINE。
ソロのパフォーマンスと言えど(彼の場合だけではないが)多くの人たちのコラボレーションによって成り立つものだとつくづく思う。
今回の4つの作品による公演(19:33〜20:52)では、いつも会場に彼と対話し格闘する「物質」がまったくない(カラスの羽が衣裳から落ちたりはするが)。そのために特にそう思うのかも知れない。

構成・装置・身体/丹野賢一、音/松本じろ(鋼鉄児童舎)、照明/吉岡靖、衣装/流川リコ(ポワレティカ)、映像/奧衆太郎(M-6)、メイク/Viva-Chang、フライヤーデザイン/吉田りえ(M-6)、フライヤーイラストレーション/Hiroshi Sakuma(Maniac icons)、・・開場時音楽/SKY FISHER。BGMとしてパンキッシュな音楽、これまでクレジットされているのは珍しい。

ちらし(フライヤー)のイラストはマックのアイコンデザインで、映像やコンピュータと丹野賢一の身体との対話=相互浸食がこんどのパフォーマンスの特徴である。また、物体は衣装だけなので、衣装やメイクの比重も大きくなる。

前触れなく赤い光が圧倒的な照明、柔らかいギター音楽と耳をつんざく騒音とのバランス感覚も巧妙な音もいつもと同じく丹野賢一における不可欠な要素だ。
まずは『009-COLLAR』14分。
アイコンは、丹野の顔と、その左半分を覆う赤紫の目の「鴉」。
黒い詰め襟の衣装。袖のひらひらをひらひらさせる。一筋の光。十字、バッテンにその光が展開する。上着を床にたたきつける繰り返し。動作は丹野らしい暴力性と腕使い。胸を覆う鴉の羽が、床に落ちる。赤い光が風になる。

つなぎとして、映像が7〜8分。先ほどと同じ衣装。下から見上げて彼を撮している。赤い空気が丹野を閉じこめる。その赤い空気が青緑に変わる。スローな動き、音も高音のノイズ音へ。この変調具合が好きだ。ただ、グラムロックのミュージッククリップぽくみえたりもする。

真っ暗になって、容赦ない音。
『010-SKIN』14分、偽物の皮膚。肌色というか白っぽく黄色っぽいものが、顔も含めて全身を覆う。肌も一部出ているかもしれないが、その境目はみずらい。腰に脳髄がぶよぶよと肥大したかのような腰巻き。その下の膝に老女の乳房のようなものをぶらさげている。

天から降り注ぐピンスポットの光。あるいは間抜けなサーチライト。動作は、光をまたぐような、避けるようなダイブする転がり。口に赤いものをくわえてそれをかみつぶす。包帯に赤いものがへばりつく。腰についた脳みたいなものをもじもじとさわって終わる。

10min.BREAK(20:09〜20:20)。例のアイコンが映されている。
後半は『011-DOT』10分。私にはこのコミカルなダンスが一番ヒットした。コンピュータが最もスムーズに身体動作とシンクロしたからでもあるし、その点(ドット)の哀愁が、オレンジ色の丹野の衣装によく貼り付いていたからでもある。

ゲーム音。合わせて、両腕をはらはらと。まるで、ビニールなペンギン。顔のメイクも何か赤っぽく、ロボット風。倒れても傷つくことなくまた起きあがる。
後ろに影が映ったり、演出はそれなりにかっこよくもあるのだが、どこかその間抜けな感じが好きだ。

ぱたぱたさせるうちに服と腕が当たって音がして、生の肉体(物体)があることがよく分かるのだが、カクテル光線(休憩のときにこれを脚立でとりつけていたのか)が、赤と緑のドット(ばらけた感じが野暮ったさをなくしている)を回すと、すべてディジタルの世界にいるような感じがしてしまう。

7分ほど映像が挟まれる。ディジタルな映像。丹野がカエルに似ている。TANNOの人型が、鯛焼き器でつくられる鯛焼きのように出来ては落ちていく。ただ、009-COLLARの後で流れた映像が少し重なるのは、まだアナログな残像を残すためか。シマウマだけでもよかった。

ラストは『012-RAG』12分。ボロをまとう。彼には少し似合わない音楽。黄土色の服は、それでもどこかかっこいい。やつれる、それでも、体の反りは丹野だ。野宿者がそこらの噴水で顔を洗っているような仕草。毛羽立つ服から埃。はだける肌も珍しく素な感じ。

突然、坂東玉三郎の七変化、という言葉が出てくる。あんまり関係ないけど。
最後に、4つのアイコンがやってきて、クリックしてこの公演のクレジットになる。映像と丹野の身体との格闘が、物質とのそれと違うのは、映像は常に身体を取り込んでいくが、物体はまずとりあえず身体の外部にある(あった)ことだろう(もちろん、鏡などは身体を取り込み、身体に貫入してきたりするのではあるが)。


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