Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》THE LARAMIE PROJECT
211.
4/27(金)
燐光群『ララミー・プロジェクト』ピッコロシアター
ピッコロシアター大ホール、19:06〜21:04。燐光群『ララミー・プロジェクト』作=モイセス・カウフマン+テクトニック・シアター・プロジェクト。訳=常田景子。
演出=坂手洋二。舞台美術=島次郎。イラスト=山田賢一(桃園会でお馴染み)。
「すべての俳優は、テクトニック・シアター・プロジェクトの劇団員と、彼らが取材したララミーの住人たちを演じる」。佳梯かこや中山まりは、8役も演じるが、最小限の衣装をつけその人物になるだけである。したがって次の役者が話し出すと、その人物はどういう人かという説明を前の役者がしてから後ろに戻る。
すなわち一見そっけないほど、淡々とショッキングな事件が語られていくのだ。
この演劇の制作過程はじめその有り様についてはかなり挑戦的で新しい形態であるが、舞台上の美術や演出はいたってシンプル。大きな木の楕円状の風呂桶が真ん中にあるだけだ。
後ろに役者が並んでいて、この大きな風呂桶に入ると様々な人物を演じるようになる。風呂桶の縁に腰掛けてバーに座っている人物になったり、ただ立って教会の牧師になる。そして、後ろにいるときは、テクトニック・シアター・プロジェクトの劇団員という役を担いながら、登場人物の姿を見つめ話を静かに聴く人ともなっている。必然的に役者の衣装は実にシンプルそのものである。そして・・
原理主義的教会(モルモン教会はじめとして)の同性愛排除、イスラム女性の立場、エイズ感染についてのパニック、もちろんゲイパニック、死刑廃止問題、大学内でのレスビアン・ゲイ社会とワイオミングでの差別防止法案などなど・・そこには数々のテーマが溢れている。
だが、余りにも多くの社会的な関係に潜む問題点を錯綜させると、観客は思考停止に陥るので、構図も構成も削ぎ落としたものになっていた。
このような莫大な取材、それも、外部の役者たちが地元の人たちにインタビューして集めた複数のまなざしによる錯綜した物語。それらをよくこのようにすっきりと提示できることができるものだとまず感心した。
コミュニティアーツとの関係について。あるいは、地域の出来事と関係づけながら演劇ができていくプロセスシアター(過程の演劇、あるいは社会との関係でつねに進行形でしかない演劇)のこと。
内容以前にそのスタイルからだけでさまざまなことを考えさせられる舞台だった。もちろん、翻訳劇であることの違和感がまるでなかったとは言えないけれど、日本国内でももちろんこういう取材ドキュメントを再構成するお芝居は十分に刺激的な可能性を秘めていると思う。
その内容については、「公演のご案内」によって簡潔に説明されているので以下に一部引用する。
《1998年、モイセス・カウフマンら、劇団テクトニック・シアター・プロジェクトの10人のメンバーは、ワイオミング州ララミーにおもむき、住民200人にインタビューを行なった。人口2万7千ののどかな町、ララミーは、その少し前から、マスコミの注目の的となっていた。ワイオミング大学に通っていたゲイの学生(マシュー・シェパード)が惨殺されたからである。
《アメリカ世論は、この事件を、「保守的な田舎」であるララミー地域による、人種・宗教・性的傾向を理由にした、いわゆる差別犯罪(ヘイトクライム)として取り沙汰した。カウフマンらは、予期せぬ犯罪事件によるショックも冷めやらなぬまま、マスコミの攻撃を受けてたじろぐ住民たちに真摯な態度でインタビューを重ね、住民たちの目から見た、被害者マシュー・シェパード殺害事件の経過とその後日談をまとめ上げた。・・》
やはり驚くのは役者がこのようなインタビューを行う勇気と覚悟、そしてコミュニティに入り込むメソッドを持っていたことだ。もちろんワイオミング大学に演劇学科がありそこが全面的に協力したことが大きいのだろうが。
坂手洋二が当日パンフに書いているように、日本から見た紋切り型のアメリカ西部(「ララミー牧場」のイメージを共有する世代は私から上だけだろうけど)をいかに脱するかは大変だっただろうと思う。
彼が訪れて分かったのは、貧富の格差の大きさであり、それが地理的にも明確であることだ(西側の貧民層地域と、東側にある広大な敷地を持つ大学地域)。
したがって被害者マットがフェンスに縛り付けられて18時間瀕死で放置されるという悪夢のような出来事が、単なる酒の席の、若者の凶悪だが突発的な悲劇ではすまされない社会構造が浮かんでくるのであろう(もちろん、インタビューして話されたことだけだから、まだまだララミーの社会の暗部まで明かされてはいないだろうし、インタビューした内容についても公表できないものも多いのではないかと推量する)。
このお芝居は、ララミーの住人たちの意識の変遷、劇団員の取材の進行とともにアメリカ内においても変容するであろうし、これを受け止め日本で思索する燐光群にとっても、様々なことを刺激し触発するものとして今後も存在するだろうと思った。
ちょっとマンネリ化しつつあった自分の演劇鑑賞にまたわくわくする社会との交差の期待を感じさせるお芝居だった。
「こぐれ日記」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室