Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》T.IWASHITA-KyotoArtCenter
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3/31(金)
岩下徹ソロダンス『みみをすます』京都芸術センター
歴史のある建物を改築して「いま」仕様にするのはずいぶんと難しいものだとつくづく感じた。古いものを大切にしつつ新しい酒を入れるために、新しいものをそれに折衷するということ。ことばでは簡単でも、並大抵のことではできないのだ。
今の安物の素材で大衆マンションを作るように内装すると、残された昔のものすらしくしく泣いてしまうことになる。時間をかけて、職人的な改築、改築のための市民参加、ワークショップが必要なのだろう・・。
明日オープンする元明倫小学校の京都芸術センター。
3/18からオープニング記念事業。今日は岩下徹ソロダンス「みみをすます」ということもあり、事前に往復はがきで申し込んだ(無料。当日でもOKだったようだ)上で久しぶりに元明倫小学校(1869年創設、1931年現行校舎)のあった場所へと向かった。
四条駅を上がって、室町通りへと右に曲がろうとすると、「京都芸術センターKyoto Art Center」の大きな表示。下北沢で、本多劇場のオーナーの本多さんから、行政はただで宣伝できるから・・・という話を聞いたことを思い出す。「明倫」という名前がないのは、地元でないけどなんだか寂しい。どうして京都明倫アーツセンターとか名付けられなかったのだろうか。
数年前、山下残やかなもりゆうこ(納屋ちゃんやつきちゃんもいた)たちが、幼稚園か小学校1年生のまなみちゃんらと一緒にゆっくりと時間をかけて、ダンスと映像、音楽を遊び紡いでいた(それが彼らのいまの作品の大きな収穫になっていることはいうまでもない)ことを思い出す。
講堂のそばの男女一緒のトイレ。そこからは、校庭がみれるように突き出していた。まだまだそこに小学校があったことがすぐさま分かったし、再開するぞ、と言われれば、アーティストたちも学校の授業と共存しながら使わせてもらうってなるだろうなあ、とあらぬ事さえ思ったりしたものだ。
入口の場所は同じ。玄関も位置は同じ。通路の石畳も同じ。でも、何だか違う。ぽっかりと感じる空虚感。植え込みとかごちゃごちゃしたものがないせいかな。自動ドアに真新しい床。校舎の壁の色や設計が、凡庸なためだろうか。空調などの設備が必要だし、いまの建築基準法や消防法のチェックもあるのだろう。
しかし。趣のある木の壁の上部に接続するように無造作に塗られた白い壁。トイレの殺風景。素敵なスロープの床に張られたぺらぺらしたビニールの床。約10億円の整備工事費。
シースルーで何もないように見えるガラスのエレベーター付近の造形は思い切ったものだ。手を加える部分は、このようにしてもっと「いまの建築家」(誰が設計したのかパンフレットには書かれていない)の全身全霊をかけた作業をぶつけてみたらよかったのかもしれない。
昔の姿を知っているから寂しいのであって、使いこなせば新旧しっとりいくかも。と思い直して、3FのBodyscapeという名前でくくられているインスタレーション「ひとつの夢」(ジャン=バティスト・ブリュオン)の部屋に入る。45分間の上映、ということだけど、一部を見ただけで十分。フランスの中年長身のアーティストが、スーパーや家具売り場(倉庫)でぶらぶらするという映像が3面に映っているもの。
体毛のアップとブラシのアップ、耳障りになるほどのノイズが少し面白かった。でも、この部屋の上を見てまた寂しさ。蛍光灯のオンパレードなのだ。改装するなら照明も考えなきゃと心する(他山の石)。
玄関横の高谷史郎(ダムタイプのメンバー)映像インスタレーション「frost frames」。
フリースペース、ということになっているけど。もと体育館だったかな。大きな空間にスクリーンがぽつり。人が何人かいてうろうろしたら、スクリーンに映っている早く変わる映像に入り込んで動く人影が前後にでき、けっこうインタラクティブなんだろうけど(一人ここの人がやって見せてくれたので、自分も入る)。
さて、2階の講堂。案内(制作)は劇団「ベトナムからの笑い声」の丸井重樹。
岩下徹ソロダンス「みみをすます」。
19:33。岩下徹が出てきて、挨拶。このダンスは即興で、振りに意味があるものではありません。無音といいますが、周囲には音が溢れているし、咳をしてもらっても構いません。と自己注。彼の踊りで初めに説明があったのは自分の体験では皆無なので、これは、京都市民向けのサービスなのだろう、と自分を納得させる。
19:35〜20:17(あとでトークがあるけど、明日早く、なんばの元精華小学校・幼稚園へ大掃除をしに出かけるので退散)。
明りは、横からのもので、客席はまったく暗くならない(会場は明るいのだから、上演中だけ緑の誘導灯は消せないものだろうか)。
黒いズボンが、床の焦げ茶と重なっていい動きを少し消しているように思った。
腕を伸ばして硬直するように動かすのは最近の彼のダンスの特色。ドアが開いていて、そとの足音や話し声も入るようにしてある。携帯電話がなって、はじめて客席から笑い声。座った位置が悪くて、ピアノとの絡みが見えなかったのは残念だった。
雑音がたまたま単調なためか、ダンスも少し平板かなあと思って見ている(おずおずした初期の緊張感がすごいという昔からたくさん観ている人の声も後で聞いた。ここと精華小劇場と対比していた自分に雑念が多かったのかも知れない)。
と、岩下自身が演壇の木の階段のあたりで音をたてながら踊るようになる。彼の身体とこの講堂が対話している部分が、一番愉快だった。
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