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117.

7/23(日) 

碧水ホールの11時20分始まりに間に合おうとすると、唐崎駅9:54発の湖西線に乗らなくてはいけない。

アメリカ社会の真実(リアリティ)と虚構(フィクション)〜『フレデリック・ワイズマン映画祭』、今日は3日目だ。

水口城南駅に着く(11時)と、さっそくフリーパス券(前売り2000円だから15本全部観ると1本当たり133円ということになる)を首にかけて歩く若者達。学芸員の上村さんに聞くと、初日(20日)は「チチカット・ファーリーズ」目当ての人権関係の人たちもいてかなりの人数になったという。でも昨日はいつもの碧水ホールに戻りました・・・。

そこはなんとかと、上村さんは考えた。ホールの前を通る出来たばかりの西友の従業員たちを7/29の「ストア」に引き込めないか?。で、毎日通行する100人ほどのストア職員に見えるポスターを貼った。今日も、実は午後からの「バレエ」は一見ワイズマン映画とはほど遠い賑やかな子どもたちとお母さんが、熱心に最後まで映像をみていた。ちょうど、ホールの練習室でバレエのお稽古があったからだ。そこの人たちの稽古が終わったあとに、このドキュメンタリーが上映されたので、タイミングもばっちしだった。

まずは「モデル」(1980年、129分)。比較的ワイズマンにしたら短編。コマーシャルフィルムやファッション写真の撮影のシーンなどメイキングドラマとしての好奇心への配慮もあり、変化が勝負の世界だけに動きもあり、深刻にならなず(20年前のニューヨークにおける)厳しいモデル業界を垣間みられて面白かった。

路上の乞食とともに、ファッションブランドの宣伝写真が写る。「バレエ」でもそうだが、モデル会社(ゾリ・マネージメント)におけるモデルの採用面接シーンはなかなかに興味深い。モデルはまず身長170cmを切るとそれでダメ。そして、いい写真を撮ってもらうことが実に大切だ。ゾリ社長に会わせるかどうかをチェックする人の力は絶大だが、このチェックもまた神経のいる仕事だなあ。

モデルの特技や、ファッション写真の種類によって、どのモデルが適しているかを選んでいく。アーツではないがそれよりも分かりやすい表層の厳しい競争世界だからこそ(アメリカの)「マネジメント」とは何かについての分かりやすい事例になっている。

男性ヌードになることをどう思うか(インタビュー)。シャーワーシーンを取られる男性モデル。デモシーンもコマーシャル写真になり、どんどん現実のごりっとした実在感のあるものがなくなっていく。

ただ、社会批評の部分はさりげなく、たとえば、CMフィルムを路上で撮影している現場に食い入るようにみる老人の横顔のショットとして、それは提示されている。

いつかTV上で見ることになる虚像の撮影現場。

たとえば、ストッキングCMでは、男と女がぶつかったシーンに、二人の顔などは一切出てこない。

大切なのは、脚の動きであり、脚が主張する魅力、軽快さ、都会で働き恋に出会う、その「商品価値」だけなのである。

30分の休憩(西友で弁当を買って食べる人たちも。町内の福祉作業所からコーヒーのお店が出ている)後に「バレエ」(95年、170分)。

途中で5分の休憩。後半はアメリカン・バレエ・シアター(ABT)のヨーロッパ公演の様子だから、前半でのニューヨークでの稽古風景とかなり趣が違うので、無理のない中断だ。

これはカラー。でも「モデル」の白黒も同じく華やかだった。逆に、前半の稽古、レッスンのシーンは、華やかなヨーロッパでの公演を控えて、実に淡々としかも緊張感の溢れる指導であり振付の実際である。

私は前半の部分は、ダンス(ここではそのクラシックな形態であるバレエ)の作品を作るためのドキュメントそして啓蒙的な映像として十分に楽しんだ。

さらに、「ABTのディレクターであるジェーン・ハーマンが電話で粘っこく金銭的な交渉を行う様子」(公式カタログにおける越後谷卓司/愛知文化情報センター/の解説より)は、バレエ「マネジメント」の現場の記録として実にスリリングだった。

いかにバレエにお金がいるのかを言いながら、寄付についての必要性を電話で話す。

また一転して、後半には、METがキーロフ・バレエとダブルでABT公演を組んだことに対する実に激しい抗議、口説き、脅し。これはもっと見たい聞きたい部分だった。

バレエダンサーの採用、契約についての面接の様子も興味深い。

「モデル」よりは期間が長い(たとえば1年契約)ので、その分慌ただしさはないが、取り返しのつかない契約になるかも知れない。そのためだろうか、今日一日自分で考えて決めて欲しい、と話している。

ところで、バレエ・マスターと呼ばれる人がきっとここの芸術の中心だと思うから、ジェーン・ハーマンは経営監督のような責任者だったのだろうね。

芸術のカンパニーやシアターのマネジメントに焦点を合わしたドキュメントフィルムはアーツマネジメントの教材としても必要だし、それが実はまた寄付などのプロモーションになるかも知れない。

また「モデル」でも誕生パーティでのリラックスした様子(でもモデルにとっては社交という競争であるのかも知れない)が撮されていた。同じく「バレエ」でも海水浴場や、音楽バーでのくねくねセクシーダンスのシーンで実にリラックスしたダンサー(中年の女性は指導者だろうか)たちが撮されていた。

モデルも身体のダメージは命取りだが、バレエダンサーも、身体の故障は、無理のある動きだけにしょっちゅうのようで、その治療の実際もなかなかのもの。ダンスの前の準備、身体を整え、化粧する・・・みんなどこか気になるポイントがある。

ところが、バレエ自身にさほど興味がないためか、実際の公演のシーンになると、NYでの練習の場面が出ると面白くってはっとするが、それ以外はうつらうつらしやすく、気がついたら、映画が終わっていた。


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