Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Yamada_setsuko

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1999/10/7(木) 
山田せつ子ソロ公演「速度ノ花」 トリイホール

10.7.木 

ダンスが終わってすぐに難波の駅で無性にミネラルウォーターが飲みたくなった。トリイホール内は確かに熱気がすごかった。それでも、いつもはステージの後は決まってチュウハイを飲む。のどの渇きよりも余韻を撹拌し長引かせるためだ。ただただ純粋な水が欲しくなった(ダンスの最中からだ)のは初めてなので、自分でも驚く。ほとぼりを冷ます、というのでもない。憑きものを落とす、というのとも違う。ただただ濃縮されてしまったダンス経験をゆっくりと水で溶かしてイオン化するためだ。

けた外れに引き出しの多い彼女のダンス語彙。一人の女性の体一つにこれほど豊富な表現の素、コミュニケーションツールの可能性があるのだ。でも、それを見せびらかしたりことさら秘技化したりしない。そうあるように立ちそうするのが自然なら飛び続ける。体の動きと傾く姿勢、音楽との戯れ・・・難しい概念を弄せずとも、客席への挑発を企まなくとも、それらだけで、自ずから他者への呼びかけも内面の提示も何もかもが可能になる。

今日客席に座っていることだけで、肉身の反応が引き起こされ気分をこれほどまでに浄化してくれる。ダンスの歴史や予備的知識は邪魔になるだけだ。その目の前の山田せつ子とともにいればいい。ときどき予想もつかない速さや即物的な動作にびっくりさせられながら。とはいえ、神秘性や激情をことさら強調したりする演出はまったくない。でも内向して忘我したり眩暈によって慰撫するものでもない。静かに静かに、無償の勇気をもらった喜びが沸いてくる。

ダンスを観ることの無邪気な喜び。それが体内にまで及んだいい影響を確かめるために、水を喉に落とす。爽快においしい。

第5回OSAKA DANCE EXPERIENCE後期の始まり。

山田せつ子ソロ公演「速度ノ花」、19:33〜20:30。

トリイホールは関係者多く、開館したばかりの栗東町「さきら」のスタッフなども駆けつけていた。

照明/三浦あさ子、音響/秘魔神、舞台監督/岸田俊徳。

94年には彼女のソロダンスの題名になっていた「重力ノ森」という片割れはすでに2年後にいなくなった。もう地球の重力は無用になったのか。速度のなかに、重力や引力は微分化されて粒子となって含まれ、花によって森はその存在を背後に示せるようになったからかも知れない。

そんなこと(重力の飛散)を思っているからそう感じるのかも知れないが、出だしの茶色のコート(ボタンはしていない、なかはベージュのワンピース、そして足元は途中で脱ぐ黒い靴)から見え隠れする足首が地上についているのかいないのか。すれすれに浮く足、上手奧の柱に寄り掛かっているようにも見え。

あるいは、倒れる繰り返しのシーン。ばたっときても、完全に床に貼り付いてはいない。どこか浮いている。掌が床にすれすれに置かれる、これもやっぱり宙に浮いている。体内を磁石にして微かに重力に反発しているみたいに。

15分後に無音から、木を打つような音が入る。乱打に。音がやむ。でもしばらくその余韻で踊っている。もう実際は聞こえないのに聴こえてしまう、そのダンスによって。残像で踊ったり、記憶が甦ったりするのと同じような現象だ。目の前に指、近すぎて一つには見えないだろう。凛として。下手奧に座って靴を取る。20:56。コートと同じようにさっと端に投げ捨てる。

床に砂(舞い上がったりするような細かなもの)。いままでその周囲を巡っていた。照明もあたり初めて砂の存在に気付いたような気がする。裸足の足を立たないで入れる。クローズアップする足の裏の動き、形。足の裏の感触から踊りを始めるのか。立って足がすれる音が大きく響く。頭の髪を掻き上げる。女性のコケティッシュな仕草ではない。ぐいと。眼を細め眼を丸める。いつしかタンゴ。リズムに合って舞う。音が止んでももっと激しく。そして終わったことに体が気付いたのか、終息。

ぞくっとしたような体。顔に手を当てる。次の圧倒的な10分間を待っていた、とは後で私が思い出すことだ。それは弦の合奏が強く唐突に始まった。

両手をだらっと垂らして頭も下げて、足を小刻みにばたばたばた。そしてすいっとのびる。またばたばたばた。狂騒とか苛立ちとか何に見えてもいいのだろう。そのうち、音楽もある余裕がでてチェロのパッセージなど幸福感が垣間みれるように。その時の山田せつ子の仁王立ちのすがすがしさ。

やはり音がなくなっても踊る、回る床の音。しゃがむ。前の席にいる客と同じような、でも、今度は床に伸び。そのまま床を回り、また舞う。今度はより曲線的に。飛ぶ繰り返し。焦燥感はまるでない。ただ無邪気な運動。女声のシャンソン。軽い踊り。がってんだ、と手がしゃべるよう。いまは泣き真似としては誰もしないような、腕を眼に付ける仕草。腕をとったときに彼女の表情を見つめる。舞踏独特のデフォルメを彼女はしない。けれど、目玉はとても表情豊かに回ったり今日はした。

床に放り出されていたコートと黒い靴を丸めて肩に担ぐ。もう東京に帰っちゃうの?さっと上手の奧にひっこむ。何のけれんもなしに。


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