Arts Calendar/Art's Report site/《RANDOM Sketch》Ibushi no GINGA
カムカムミニキーナ公演
暫定イメージ
三十年追い続けた放火殺人犯を遂に追いつめたヘビースモーカーで定年間近のベテラン刑事。だが犯人は北国の雪原でひとすじの煙りとともに忽然と姿を消した。時効が迫る冬の空、刑事のあせりは大地を焦がし、最後の執念が煙となって夜空を覆う。その時、煙の向こうに彼はあるはずのない塔を見た。空高く果てしなく銀河に向かって突き上げたその拳のような塔の頂上に彼は憎き犯人の影を見た。そして彼はその煙突へ向かって走った。今度はけっして煙に巻き込まれないように。
「燻しの銀河」。“いぶし銀”なのか、燻された“銀河”なのか。言葉の遊びと、物語の連鎖。銀河鉄道999かと思えば、トーマスの蒸気機関車が出てくる。狐の世界で起こる、犬神家ならぬツチガミ家の悲劇。狐の嫁入りの時に起きた時効寸前の殺人事件を追う、定年間際の刑事。と、ツチガミ家の当主。そのツチガミの身体はなんと土で出来ていた? 果たして、犯人と目される女狐を逮捕することができるのか? 狐の嫁入りの話。銀河鉄道999。トーマス。きつね目の男と女。ラマン・・・。民話から劇映画まで、いったい、いくつの物語が錯綜し混沌としたカオスを築き上げるのだろうか。やがて、登場人物たちが乗っていた鉄道が、銀河鉄道ではなく、因果鉄道だったと知らされた時、あのカオスは因果が招く悲劇の象徴だったのではないか。贔屓目かもしれないが、そう思い、作家・松村武のダイナミックスを感じた。めぐる因果。悲劇が呼ぶ悲劇。混沌から混沌へ。劇中、老刑事・銀さん(松村武)は「温故知新」だと台詞を吐露する。これもある種の因果である。群舞あり、スローモーションあり、劇画タッチあり、テレビゲーム的動きあり、無声映画的な動きあり、と言葉を使わずに表現すること=ボディランゲージへのこだわり、意欲も感じた。原点を現代的に解釈し表現する。因果。
青森を拠点に全国各地で活躍する弘前劇場の作・演出家である長谷川さんは、映画的手法を取り入れた舞台づくりで、新しい舞台表現のあり方を提示しているが、カムカムの松村さんも、いままでにない新しい舞台表現をめざし、完成させつつあるのではないだろうか。期待をこめて、そう実感した。松村さん本人も公演プログラムに同様のことを書いているが、この「燻し銀河」は、来年創立10周年を迎えるカムカムミニキーナの集大成であり、未来へ向けた新しい舞台表現の始まりともいえる作品である。ぜひ、みなさんご覧いただき、その感想をアンケートに書いて劇団に提出してあげてください。その一言一言が、彼らのこれからの10年を支えるかもしれないのだから。もしかすると、この作品は、無益な殺生はしてはいけません、嗜好品=煙草=煙り=燻すは身体に毒ですよ、といっているだけなのかもしれないのだ。あなたはどう思いますか?
1999/8/11GP所見
「らんだむスケッチ」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室