[アーツ・カレンダー]内関連サイト「オン・ザ・マップ」
10月2日(土)14:30開演の回所見

14時30分の開演の時間になったのだろう。観客が会場内へ入る扉の前に集まられ、開場。入場とともに1枚のイラストマップが手渡される。と、目の前には奇妙な光景が浮かぶ。
右手に、プロレスの金網デスマッチにでも使えそうな金網に囲まれた「衝(ドツキ)の間」、場内中央に奥へと向って並ぶ、6つの台座とそれぞれの上に横たわる彫像=ダンサーたち、左手には「鏡の間」と「抱の間」。奥へ進もう。会場の中ごろ右手に、「影の間」、左手に「クローゼット」。会場奥の右手に「蝶の間」、左手に「食の間」がある。「蝶の間」のカゴ状になっていて、実際にアゲハチョウが舞う。各部屋にはダンサーたちが閉じ込められている。時報が鳴る。音響効果である。時が刻む音につれ、それぞれに配置されたダンサーたちがうごめき出す。
「食の間」では食べることを、「蝶の間」では蝶を追う幼い時の光景を、ダンサーひとりひとりが自ら体験した動きや、イマジネーションに操られながら舞い、踊り、騒ぎ、わめく。食・蝶・ドツク・抱く・影・彫像。こうした文字にインスパイアされた個々の踊り。観客は、美術館での作品鑑賞さながらに、歩き、檻の中を覗き、立ち止める。そして、また歩く。移動。観客も踊り手として、また美術として、点在するダンサーたちの背景となる。
場内全体を見渡せば、不可思議な動きや生態を持つ特別記念物の人物が展示された美術館にも思える。この公演のビデオを観た未来の人々は、1999年の世紀末に日本では奇妙な人類の美術展が行なわれていたのではないかと思うかもしれない。まさか。
やがて、ダンサーたちの移動・交流が活発になり、場内全体がひとつの流れに包まれ始める。時報が時を刻み続ける。「衝(ドツキ)の間」の檻が上昇する。続いて、「影の間」・・・。次から次へと、檻が飛び、空間が広がる。ダンサーたちが「クローゼット」の服を身にまとう。1人、2人、3人・・・。全員が服を着て、横たわる。静寂。
場内奥のスクリーンが開く。伊藤キムの登場である。GBMが変わる。パークタワーホールの玄関前に横たわるキムをカメラが捉える。よろめきながら、通行人とコミュニケートするキム。笑える。真打ちの登場だ。ハンディカメラが追うキムの姿が、場内のスクリーンに大映しされる。しわがれ声のブルージーな歌に、哀れが重なりあう。やがて、場内へ。伊藤キムのソロが始まる。たったひとり。この広い空間の中で、ひとりだけが踊り、動きまわる。しわがれた歌声を相棒に。
やがて、横たわっていたダンサーたちが、コロコロと転がりながら、場内奥に1列に並ぶ。曲が「太陽に吠えろ」に変わる。走る。走る。縦横無尽にどこまでも走る。そして、自分の地を探し求めたダンサーが踊り始める。それに呼応するかのように別のダンサーが続く。また別のところでも、ダンサーが自己を踊る。別のダンサーがそれに続く。点であった踊りが線となり、平面となる。他者とのかかわりの中で膨らみ、連鎖し、解体する思考。従属と変化。スタンダードとバリエーション。アンサンブル。果てることのない触発。ダンサーの点が線となり円となり、回り踊る。盆踊り。ひとりが絶え、またひとりが絶え、円が消える。終息。
企画とは、新しい発見の提供であり、共有できる満足の実現である。この公演を構成・演出・美術するにあたって、伊藤キムの頭の中に描かれた一番最初のテキストとはいったいなんだったのだろうか。「オン・ザ・マップ」。彼らは、輝く未来への道標をカンパニーが歩む地図の上に記すことができたのではないか。魅せるダンス・エンターテイメントへ。楽しみがふくらむ。
「らんだむスケッチ」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室