直前レポート

京楽座公演
中西和久ひとり芝居
「山椒大夫考」

開演/10月19日(火)〜10月24日(日)

火・水・金曜日 19:00
木・土・日曜日 14:00

入場料金(全席指定)/4000円

会場/両国シアターΧ  03-5624-1181
お問い合わせ/京楽座  03-3545-0931  fax:03-3545-0933
          E-mail:kyorakuz@d3.dion.ne.jp
          ホームページURL=京楽座 http://www.d3.dion.ne.jp/~kyorakuz/

「アーツ・カレンダー」内関連ページ シアターΧ【10月のスケジュール】

みなさんは、説経節という名前を聞いたことがありますか?

今から1000年もの昔、〈道の者〉であった説経師が、ささらをすりながら、町の辻で語
ってきた歌物語のことを説経節というのだそうです。そこには差別された人々の思いが
あふれていて、文豪・森鴎外の小説「山椒大夫」は、この説経節の「さんしょう大夫」
を原作として書かれたものだといわれています。説経節「さんしょう大夫」はその後、
佐渡の文弥節、瞽女歌(ごぜうた)、祭文(さいもん)など、その土地土地でその時代の人
々の思いを込めながら、伝承芸能として今日に伝わっているとのことです。

今回は、この説経節「さんしょう大夫」を取り入れながら、独自の視点で「山椒大夫」の物語を構築した、中西和久ひとり芝居「山椒大夫考」に関するレポートをお届けします。

中西和久さん

ご存じ、「山椒大夫」は、筑紫安楽寺(今の太宰府天満宮)へ配流となった父と共に旅をしていた、安寿と厨子王、父と母、乳母が越後の直井の浦(直江津)で人買いに襲われ、母は佐渡島へ、安寿と厨子王は丹後由良の長者・山椒大夫のもとへと売り分けられてしまうお話。

幾多の試練を乗り越え耐えていた幼い姉弟が、逃亡の相談をしていたところ、山椒大夫の息子・三郎に立ち聞きされ、額に十文字の焼き印を当てられてしまいます。そんなある日、安寿は厨子王と山に柴刈りに出かける許しを願い、厨子王ひとりを逃がします。そして、ひとり館に帰った安寿は火責め水責めの拷問を受け、16才の短い生涯を閉じてしまうことに。

追っ手から逃れ、都の帝に目通りがかなった厨子王は、丹後の守を任じられ、由良に赴くのですが、そこで待っていたのは姉の残酷な死の物語。厨子王は山椒大夫一門を極刑とし、すべての奴婢を解放します。

そして、母の行方を追って佐渡に渡った厨子王が耳にした老女の唄声とは…。

安寿と厨子王の姉弟、父と母、乳母、人買い、山椒大夫、山椒大夫の息子・三郎、女奴隷の小萩、帝、そして中西和久本人などひとり10役以上に挑戦する中西和久さんは、前作のひとり芝居「しのだづま考」の演技で1991年度文化庁芸術祭賞を受賞しています。この時に脚本・演出で同賞を受賞し、今回も作・演出としてコンビを組む、ふじたあさや氏は1957年に初めて「さんしょう大夫」を劇化し、それから現在に至るまで、舞台劇、ラジオドラマ、音楽劇などさまざまな形で「さんしょう大夫」を世に送りだしてきた、「さんしょう大夫」のエキスパートみたいな人物です。

さらに、音楽を担当する平井澄子氏は邦楽の大家であり、中西さんの三味線と唄、打楽器(高橋明邦)、琵琶(田原順子)、笛・尺八(藤崎重康)の生演奏も見逃せません。

中西和久さんは、九州の炭坑街にあった「キョウラクザ」という芝居小屋で生まれ育ったという、生っ粋?の演劇人で、劇団「芸能座」で俳優修業をされたとのこと。この「芸能座」を主宰していた小沢昭一氏も、これまた大衆芸能をこよなく愛し、精通している方だったと記憶しています。芸能座で研究生の稽古場発表に使われたのが、ふじた氏の「さんしょう大夫」で、この「さんしょう大夫」をひとり芝居で演じるのが中西さんの夢だったそうで、今回その夢がついに実現したわけです。このお話だけでも、ドラマティックではありませんか。

こうした情熱というか、芝居に対するこだわりは、プロフィールにも表われていて、生まれた年が記載されていません。子どもから老人まで演じるわけですから、実際の年齢は必要ありません、と。夢を売る舞台に、現実は不要なのでしょう。プロの気概を感じました。

森鴎外が小説「山椒大夫」であえて触れなかったといわれている、首切りの場面など、悲惨な光景も迫力満点に演技。その恐ろしさに、二度と観たくない、と告げたお客さんもいたとか。本当に二度と観に来ていただけなかったら、制作の斉藤さんも困ってしまうでしょうけれども。

演出・照明・音響・音楽などの各担当と出演者が一緒になってキッカケなど細部のツメをする、いわゆるダメ出しの際の演技でも、よく通る声が稽古場に響き渡っていました。
中西さんのひとり芝居は、さまざまな人物や風景の有り様までもひとりで演じるひとり芝居の醍醐味、音楽の素晴らしさ、説経節に込められた憤りや夢、願いなどが凝縮された舞台なのです。

中西さんはプログラムに、“…説経師の傘や芝居小屋は、庶民にとって娯楽の広場というだけでなく、誰に遠慮することもなく、気の晴れるまで泣くことのできる空間だったのかもしれません。…”とお書きになっています。

一緒に出かけた友達と終演後、顔を見合わせた瞬間、潤んだ瞳に思わずはにかんで笑ってしまう、そんな爽やかな感動に出会える公演かもしれません。ご期待あれ。

[10/14 稽古場として使っているギャラリーΧにて]


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無断転載禁止 掲載:アーク編集室