直前レポート
開演/10月19日(火)〜10月24日(日)
入場料金(全席指定)/4000円
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みなさんは、説経節という名前を聞いたことがありますか?
今から1000年もの昔、〈道の者〉であった説経師が、ささらをすりながら、町の辻で語 ってきた歌物語のことを説経節というのだそうです。そこには差別された人々の思いが あふれていて、文豪・森鴎外の小説「山椒大夫」は、この説経節の「さんしょう大夫」 を原作として書かれたものだといわれています。説経節「さんしょう大夫」はその後、 佐渡の文弥節、瞽女歌(ごぜうた)、祭文(さいもん)など、その土地土地でその時代の人 々の思いを込めながら、伝承芸能として今日に伝わっているとのことです。
今回は、この説経節「さんしょう大夫」を取り入れながら、独自の視点で「山椒大夫」の物語を構築した、中西和久ひとり芝居「山椒大夫考」に関するレポートをお届けします。
中西和久さん
ご存じ、「山椒大夫」は、筑紫安楽寺(今の太宰府天満宮)へ配流となった父と共に旅をしていた、安寿と厨子王、父と母、乳母が越後の直井の浦(直江津)で人買いに襲われ、母は佐渡島へ、安寿と厨子王は丹後由良の長者・山椒大夫のもとへと売り分けられてしまうお話。
幾多の試練を乗り越え耐えていた幼い姉弟が、逃亡の相談をしていたところ、山椒大夫の息子・三郎に立ち聞きされ、額に十文字の焼き印を当てられてしまいます。そんなある日、安寿は厨子王と山に柴刈りに出かける許しを願い、厨子王ひとりを逃がします。そして、ひとり館に帰った安寿は火責め水責めの拷問を受け、16才の短い生涯を閉じてしまうことに。
追っ手から逃れ、都の帝に目通りがかなった厨子王は、丹後の守を任じられ、由良に赴くのですが、そこで待っていたのは姉の残酷な死の物語。厨子王は山椒大夫一門を極刑とし、すべての奴婢を解放します。
そして、母の行方を追って佐渡に渡った厨子王が耳にした老女の唄声とは…。
安寿と厨子王の姉弟、父と母、乳母、人買い、山椒大夫、山椒大夫の息子・三郎、女奴隷の小萩、帝、そして中西和久本人などひとり10役以上に挑戦する中西和久さんは、前作のひとり芝居「しのだづま考」の演技で1991年度文化庁芸術祭賞を受賞しています。この時に脚本・演出で同賞を受賞し、今回も作・演出としてコンビを組む、ふじたあさや氏は1957年に初めて「さんしょう大夫」を劇化し、それから現在に至るまで、舞台劇、ラジオドラマ、音楽劇などさまざまな形で「さんしょう大夫」を世に送りだしてきた、「さんしょう大夫」のエキスパートみたいな人物です。


中西和久さんは、九州の炭坑街にあった「キョウラクザ」という芝居小屋で生まれ育ったという、生っ粋?の演劇人で、劇団「芸能座」で俳優修業をされたとのこと。この「芸能座」を主宰していた小沢昭一氏も、これまた大衆芸能をこよなく愛し、精通している方だったと記憶しています。芸能座で研究生の稽古場発表に使われたのが、ふじた氏の「さんしょう大夫」で、この「さんしょう大夫」をひとり芝居で演じるのが中西さんの夢だったそうで、今回その夢がついに実現したわけです。このお話だけでも、ドラマティックではありませんか。
森鴎外が小説「山椒大夫」であえて触れなかったといわれている、首切りの場面など、悲惨な光景も迫力満点に演技。その恐ろしさに、二度と観たくない、と告げたお客さんもいたとか。本当に二度と観に来ていただけなかったら、制作の斉藤さんも困ってしまうでしょうけれども。
中西さんはプログラムに、“…説経師の傘や芝居小屋は、庶民にとって娯楽の広場というだけでなく、誰に遠慮することもなく、気の晴れるまで泣くことのできる空間だったのかもしれません。…”とお書きになっています。
[10/14 稽古場として使っているギャラリーΧにて]
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