今回は手前味噌になりますが、来週の月曜日11日15時より江東区門前仲町にある「門仲天井ホール」で、結成3周年記念コンサートを開く「P-ブロッ」(野村誠・鍵盤ハモニカオーケストラ)をご紹介します。
コンサート直前レポート
『めざせ世界を! 「P-ブロッ」(野村誠・鍵盤ハモニカオーケストラ)』
「P-ブロッ」(野村誠・鍵盤ハモニカオーケストラ)結成3周年記念コンサート
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鍵盤ハーモニカとは、いわゆるピアニカとかメロディアンという商品名で呼ばれている吹奏・鍵盤楽器といでもいえる楽器です。誰もが子供の頃、音楽の授業で吹き鳴らし演奏した経験をお持ちでしょう。
この鍵盤ハーモニカをさまざまなテクニックで操り、見事なアンサンブルを聴かせる「P-ブロッ」(ソプラノ、アルト、バスで構成)。
リーダー・野村誠の名前をご存じの方は多いのではないでしょうか。今年に限っても、2月に行なわれた「ASK-かながわ舞台芸術工房」音楽部門の体験型ワークショップの成果、伝統楽器のバンド「糸」(企画・高橋悠治)より委嘱された曲「つん、こいつめ」の喝采。さらに、雑誌『音楽の友』3月号の特別企画「21世紀のカギを握る10人の音楽家と10の作品」(小沼純一氏著)の中で次代を担う作曲家として彼が紹介されました。
6月には路上演奏CD付のCDブック「路上日記」を刊行。老人ホームでお年寄りと共同演奏をするなど、朝日新聞の天声人語で取り上げられたことをご記憶の方も多いことと思います。
温もりのある音色と新鮮な響きは、大人たちの心を和ませ、子供たちに音楽の楽しさや素晴しさを、そして演奏する意欲や夢を語りかけます。
今秋より、毎週水曜日21:55から22:00まで、TBSで放送される「ヒューマンロード」(仮題)という番組で、野村誠が特集されることがほぼ決まり(12月放送予定)、11日のコンサート当日には「P-ブロッ」の演奏をデジタルビデオカメラで撮影しに、番組制作会社の方もいらっしゃいます。
「P-ブロッ」世界進出? の第一歩となる今回のコンサート。その目撃者として、多くの方々に「P-ブロッ」の演奏を聴いていただければ、こんな幸せなことはありません。
では、簡単にメンバーのご紹介を。取材と資料と感想でまとめてみました。
左/野村誠 右/小松紀子
●野村誠
1968年10月、名古屋に生まれた彼は、8歳の時にすでに作曲を手掛けています。87年、京都大学理学部に入学。91年、ソニー・ミュージック・エンターテイメントの「NEW ARTIST AUDITION 91」でグランプリを獲得して、CDデビュー。94年にはブリティッシュ・カウンシルの奨学金により、イギリス・ヨーク大学へ留学します。テーマは「子どもたちと音楽を作る」。
95年、神戸の大震災で被災した人たちを元気づけようと、イギリス・ヨーク市で「神戸のためのコンサート」をプロデュース。地元の中学生たちが作曲した「アースクエイク」を電話でAM神戸に送り、その一部始終が生放送されました。イギリスBBSラジオでも紹介されるほどの大きな反響を呼んだそうです。
96年7月、月刊誌「教育音楽 小学版」に「子どもたちと音楽を作った」を連載。ジャワ・ガムランのための「踊れ! ベートーヴェン」を作曲し、関西とインドネシアの計7カ所で演奏。この年の10月、新宿PIT-INNで行なわれた「ミュージック・マージュ・フェスティバル」に参加するための新しいプロジェクトとして鍵盤ハーモニカ八重奏団「P-ブロッ」が誕生しました。このフェスティバルは、友人の作曲家である大友さんが中心となって企画されたとのこと。同年、鍵盤ハーモニカ八重奏曲「神戸のホケット」(ホケットとは、ひゃくりのこと)で京都JCCアートアワード現代音楽部門グランプリを受賞。
97年7月には、岐阜県音楽療法研究所主催の「音楽療法 長良川セミナー」に講師として招かれ、98年にはフランスで子供たちとの共同演奏を成功されるなど、その活動範囲、ジャンルは多岐に渡り、各地でさまざまな人たちと出会い、語らい、ふれあい、行動する作曲・演奏家として今日に至っています。
●しばてつ
本職は、と問われたら、即興演奏家です、と答えてしまいたい、しばてつ。メンバーの中で最年長である彼は、会社員もしている兼業音楽家です。「小物達」という小物バンドで初めて公の場で演奏を披露し、「Punoipenson Jazz Band」というジャズバンドでピアノを弾き、その後、鍵盤ハーモニカSoloを開始。現在は、「P-ブロッ」「Punoipenson Real Time Orchestration Workshop」「しばてつ+細田茂美Duo」その他即興演奏やセッションを中心とした活動を行なっています。
彼は『しばてつの、しばてつによる、主にしばてつのための、しばてつ個人専門紙「そーでもない」』を40日ごとに発行しているので、みなさんもぜひ取り寄せてお読みください。ライブの予定や音楽に対する彼の思い、こだわりなどが記されています。
バッハ、ベートーヴェン、チャイコフスキー、ケージなどの曲を、P-ブロッ用に編曲するのが、彼の副業?
●鈴木潤
野村誠の、京都大学の先輩にあたる鈴木潤。5歳の頃より、ピアノとソルフェージュを始め、高校時代にはバンドを結成し、ノリノリのダンスミュージックを演奏していたとのこと。京都大学時代には岩瀬章光にジャズを、上林裕子に和声を師事。和声・対位法の基礎もしっかり学んでいるのは、さすが。
1996年頃より、「The Highest Rigion」「Guest」などのレゲエバンドに参加し、都内各所のクラブや、地方のイベントでライブ活動を展開しています。「P-ブロッ」内の理論派。

●吉森信
広島県出身の彼は、91年大阪教育大学教育学部音楽課程を卒業。モダンチョキチョキズのメンバーとして92年に上京し、それ以降、都内各所のライブハウスなどでキーボーディストとして活躍しています。
「ヒカシュー」をはじめ、いくつかのバンドや、ミュージカル公演での演奏を続けながら、「P-ブロッ」の主要メンバーとして活躍する吉森信。彼が演奏するピアソラには、バンドネオンとはひと味もふた味も違う都会的な哀愁が漂います。
左/林加奈 右/しばてつ
●林加奈
東京芸術大学大学院(油絵専攻)を修了した彼女は、ダンスの音楽を手伝いにいった時に知り合ったのがきっかけで、ケンハモ(鍵盤ハーモニカ)路上音楽教室の生徒に。場所は中野のサンプラザ前。教室もステージも、もっぱら路上。
譜面を見てすぐに演奏などできるはずもなかった彼女は演奏を録音し、耳で覚えて指で確認する作業を何度も何度も繰り返し実行してきたおかげで、今では「P-ブロッ」のメンバーの中で誰よりも譜面を見なくても演奏できるエキスパートになったとのこと。努力はやがて報われる見本のようです。
初めての路上演奏でいただいた演奏料が1時間で6000円。これを出演者3人で分けて2000円の収入に。この売上均等割りは現在でも実施されていますが、この時、彼女は均等のプレッシャーを感じたそうです。では、と臨んだ2回目の路上演奏の売上は1時間で200円。この時も演奏したのは3人。
路上アーティストもプロへの道は厳しいのです(路上演奏の楽しさ、厳しさは野村誠著「路上日記」をご覧ください)。
今では鍵盤ハーモニカが小学校に導入される際に行なわれる導入講習の先生になってしまった林加奈。油絵と空手(初段)とケンハモと。彼女の技はキレが命?
「子どものフェスティバル」(富山)など、子どもたちとのワークショップでも活躍しています。
●小松紀子
「P-ブロッ」最年少の小松紀子。京都市立芸術大学でトロンボーンを専修していた彼女が野村誠を知ったのは、大学で彼の作品を演奏することになったため。
卒業後、ポップス歌手をめざして上京してきた彼女が今、「P-ブロッ」のメンバーとして活躍しているのも、この時の縁。もちろん、正確な演奏と、他の人が演奏する音を聞く耳を持っている彼女は「P-ブロッ」にとって得難い存在であることに間違いはない。
デモテープを作ってレコード会社に送るなど、ポップス歌手への道を模索する彼女だが、一人で歌う歌の世界とはまた違う、バンド音楽の世界にも魅力を感じている。
自分の意見を合奏の中に反映していけることや、ちょっとした音の仕掛けによって変化するアンサンブルの楽しさ。「P-ブロッ」という不思議な輪の中で出した音が、演奏をどう左右していくのか。音の運びを試してみたい。彼女のチャレンジ精神はどこまでも音楽的である。
アンサンブルという演奏形態の中でメンバーと、そしてお客さんとコミュニケートしながら、聴く人に感動を与える音楽=歌の心を培い、成長させていくことが、ポップス歌手をめざす彼女を育て、歌手への道を開くきっかけになれば…。
生まれた時からで計算すると、もうウン十年もさしたる目標もなくさまよい続ける僕とは対照的に、目標を持ってそれをめざす彼女の一途さは、ピュアな音となって、鍵盤ハーモニカから流れてきます。
[1999/10/4 門仲天井ホールでのリハーサルを終えて]
「らんだむスケッチ」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室