Arts Calendar/Art's Report site/《RANDOM Sketch》Yuko SAKIYAMA
オルガニストの崎山裕子さんがリサイタルを開く。
横浜みなとみらいホールという大きなホールを、たったひとりきりで仕切る――それを勇気のいることだと思うひともいるし、無謀だと感じるひともいるだろう。だが、ここ、みなとみらいホールでこそやれることがあるということを、崎山さんははっきりと意識しているのだ。(聞き手、小沼純一)
――どうして「みなとみらいホール」なんですか?
崎山:19世紀フランスのオルガン製作者にアリスティード・カヴァイエ=コルというひとがいるんです。そのひとが従来のオルガンとはひじょうに異なったタイプのオルガンを作り、それによって作曲家達は刺激され、新しいオルガン曲のレパートリーが生まれてきたんですね。そのカヴァイエ=コル・オルガンを生かしたレパートリーを今回は紹介したいと思ったわけです。「みなとみらいホール」のオルガンを製作したのはフィスク社という会社なのですが、この会社は、全部ではありませんけれども、カヴァイエ=コルのオルガンを再現しようとしているのです。だからここでリサイタルをやりたいと考えたわけです。
――オルガンは二つと同じ楽器がないわけですよね。場所と時代に結びついています。カザルスホールと聖路加病院のチャペル、サントリーホールと東京オペラシティ、どれもちがっているのですね。
崎山:ドイツとフランスでは音色のタイプもちがうし、時代によってもちがってきます。バロック式のオルガンでは近代の作品は弾くことが難しいのです。
――全然オルガンを知らないひとにとっては、あれだけパイプが沢山あっても、いったいどんなふうにちがうのかわからない……いつもブーッとおなじように聞こえると言われてしまったりしますが。
崎山:ドイツとフランスでタイプがちがうということからいえば、ドイツ語とフランス語という二つの言語が、アクセントやイントネーションを含めたひびきと発音のちがいをもっているというように考えていただけるとわかりやすいのではないでしょうか。「おなじように聞こえる」ということについては、オーケストラを想像してみてください。例えばオーケストラのなかでひとつひとつの楽器はちがう音色と音域をもっています。それが一緒になって「オーケストラ」の色がでてきます。そして17世紀のオーケストラと19世紀、20世紀のオーケストラは楽器の性能もちがってくるし、それに応じて音色も変わってきます。バロックのヴァイオリンとモダンのヴァイオリンは弾き方もちがってきます。
――パイプもいろいろ種類がありますよね。
崎山:金属のもの、木のもの、また形状や発音の形態がそれぞれに異なっています。またそれらの組み合わせ方もいろいろです。バロック時代の曲などではそうしたパイプの組み合わせ――それを指定するスウィッチを「音栓(ストップ)」と呼びます――を楽譜上で指示していないことが多いのですが、近代になるとかなりこまかく指定してくるわけです。そして楽器によっては演奏が出来ないことも起こってきます。バロック時代の楽器はその後の時代に書かれた作品に必要なストップがないし、ときには音域が足りないこともあるんですよ(笑)。
――カヴァイエ=コルのオルガンはさまざまな特徴のある音色があり、それを組み合わせることができるわけですよね。ほかの特徴もありますか?
崎山:音のなる場所がとても立体的で、ひびいてくる場所がちがうのがわかります。それから、スウェル・ボックスといって、箱のなかにパイプを入れて、箱の壁を開け閉めするシステムによって、強弱の幅が広がったことを彼は最大限に生かしました。
――ピアノや室内楽がステージの上という定点でやっていて、ヨコのひろがりだとすると、もっとタテのかんじなんでしょうか。
崎山:そうですね。
――練習には苦労されるでしょう?
崎山:そうですね。いただいた仕事の場合には、あらかじめ楽器についてレジストレーションとか、説明書をもらって読むんです。それをみれば、これはドイツ風のつくりをしているとかがわかります。あるいは、その場所の楽器を良く知っているひとから話を聞き、それからプログラムを組みます。そうでないと、曲も選べないんです。そして実際に練習をさせてもらって曲を決める場合もあります。弾いてみて、これはバッハよりももっと古い作品があっているとか、バロックよりもロマン派の時代のほうがいいとかね。そしてその楽器で練習して、事前にどの音で弾くかを決めます。私は特に、その楽器を沢山弾かないと、ダメなタイプなんです(笑い)。
――フランス系の曲を弾くための練習はドイツ系の楽器だったりすることもあるんでしょう?
崎山:そうなんです。ときには近代の曲をやるのに、練習の大部分はバロック様式のオルガンだったりということもあります。日本にいる場合には、オリジナル楽器の音、もしくはそれに相応しい楽器の音をCDで聴いて、イメージをふくらませるというのも必要になってきます。どんなに簡単で短い曲でも、実際に弾く楽器でレジストレーションにかなりの時間をかけます。私はセザール・フランクが大作曲家だと思いますけど、彼の曲などは、何日やっても足りないくらいです。そして、音を決めるときには、友人に聴いてもらったり、客席においたテープで音をとって検討したりするわけです。
――今回のテーマは……
崎山:カヴァイエ=コルのオルガンというのがあったことでその時代に花開いた音楽の世界、ですね。それがその時代だけに通用するものではなくて、いまも、またこれからの時代にも残していきたいと私は考えるから。カヴァイエ=コルのオルガンはやはりパリに多いのですが、いまのパリは即興演奏がさかんです。それは素晴らしい伝統だとは思いますが、折角あの時代、つまり19世紀から20世紀にかけて、花開いた芸術のながれをこの先も伝えていきたいなとこころから思います。
――最後に、オルガンの面白さについて、崎山さんの言葉で、教えてください。
崎山:オルガンの面白さは、風ですね。空気……。自分がうたいたいと思っても声をもっていないことがあるけれど、オルガンの場合は、楽器がつねにそれをしているのです。ひとは空気を吸って、吐くことでうたいますよね。その関係をオルガンもおなじようにしています。しかも一人分じゃなくて何人分も。その、空気がながれて音がのびるというのが、自分のメンタリティに合っていると感じているのです。
――いま日本ではホールのほうがオルガンが多いようですが。
崎山:もともとはキリスト教の信仰のシンボルだったわけですよね、教会において。その精神性やキリスト教信仰を押しつけるのではなくて、オルガンが持っている深くひとを包みこむ力、そういうエネルギーをコンサートホールでも伝えることができるのではないかと思っているのです。私の師であるギ・ボヴェ先生が前にこんなふうに書いていたのです――オルガンを弾くことをとおして、人間ひとりひとりがもっている良心を想いおこすことを手伝うのがオルガン音楽だ、と。自分を見詰めなおし、ひとがかならずもっているいい心をよびさます。その言葉を読み、私も自分の演奏を通じてそこまで到達できたらいいなと思っているのです。
――狭義の「教会音楽」ということではなく、精神性、あるいはひとが共通して抱いている「祈り」の気持ちといえるでしょうね。
崎山:そうですね。
――どうもありがとうございました。
崎山裕子オルガンリサイタル
「フランスの色彩─カヴァイエ-コルと音楽家たち」
開演/2000年3月12日(日)14:30
入場料金(全席指定)/一般3000円 学生・シルバー(65歳以上)2000円
会場/横浜みなとみらいホール 大ホール 045-682-2020
予約・お問い合わせ/オフィスアルシュ 03-3952-8788
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