Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》00/6/29

万国文化中心報告 vol.11

●岩村原太です。ベネツィアに来ています。<その2>

今回のフェスティバルはラ・ビエンナーレ・ディ・ヴェネツィア・ムジカ・テアトロ・ダンザ、ヴェネツィア音楽演劇ダンスビエンナーレ、というのが正式名称です。国際現代美術ビエンナーレの合間の年のイベントとしてヴェネツィアのビエンナーレ協会が主催しているということです。ビエンナーレは観光行事として運営されているわけですね。

何しろ町そのものが大きな天然のテーマパーク状態。自動車・バイク・自転車等の乗り物は一切なく、狭い街路と水路、あちこちの広場や廃教会、倉庫、個人宅、どこを歩いても見ても得体の知れないムードが横溢していて、半日も滞在すればゲップが出そうなほど。絵でも描いている人ならともかく、ここに連泊して日々レストランで食事をして、などということはちょっと思い付かないでしょう。夜も10時を過ぎると人通りはなく、店も軒並み閉まってしまうので、観光だけのリピーターはまずないことなのだと思います。そんな事情で懸命の観光行事が繰り広げられているのだと読みました。一年中、毎年、何かがある場所でなければならない、その姿はご存知アミューズメントパークそのものです。

イタリアの建築諸形式のサンプルに溢れ、工芸品の展示即売もあり、各国語が通じ、ゴンドラという異国情緒を味わうに格好の乗り物が安く利用でき、高くて美味くはないがイタリア料理も各種、土産物も。そんな場所で、世界の芸術・芸能に触れることが出来る。日本のみならずあちこちの土地で見かける観光商売の原形か、さらには万国の観光地のお手本か、テーマパーク・アミューズメントパークのポリシーか、いろいろ発見することが多いです。

例えば町で働いている人は道路工事の人はそういう仕事をするのに動きやすく親しみやすい格好で、太ったおじさんで、歌いながらにこにこと行き交う人に愛想をし、ゴンドラの船頭さんはおなじみの縞のシャツでみんなのんびりとけだるそうだし。服装と体格と表情で観光客以外の人の役割はすぐにそうと分かるんです。遊園地でもそうでしょ。ただ、ここでは、デザインがあっての役割表示じゃない、ってことがすごく面白い。地、そのまま。パリではこうはいかない。

そして道路は人だけで乗り物の往来がなく、水路が荷物の運搬などいわゆるサービス動線として機能、完全に分離されていて、これはディズニーランドがそういう計画で有名ですが、つまりそういうこと。そんな中に映画館とナイトクラブ、ポルノ、以外のものは大体ある。

働いている人は船で対岸のイタリア本土から通ってきています。朝は8時から夜は10時までが船の便も多く活発な商業活動が見られる時間帯ということになります。劇場でも同様で、スケジュールはその唯一の交通手段にしたがって決められていきます。テアトロ・ヴェルデの深夜の作業は、一時間に一本の船を逃すかどうかの完璧な孤島状況なので、基本的にはのんびり丁寧に進みました。劇場の周囲ではテントでホワイエを作ったり、カフェや軽食コーナーのしつらえが進んだり、手慣れた様子のスタッフが忙しくやっています。
(2000年6月27日)

シリアスに見ると少々難があるものの、基本的には脳天気で愉快なフェスティバルです。テアトロ・ヴェルデの整備が進みました。きれいに潅木を刈り込み、砂利を敷き、芝を張り替え、客席には赤い生地の座布団をならべ、足元用の明りは配線を終えました。一時に15人以上の庭師さんと電気屋さんが入り乱れ、まったく劇場とは思えない騒然とした本番日の午後。スプリンクラーで水打ちをして夕暮れとともに開場です。21時45分の開演です。

新しいダンススタジオやウォーミングアップのためのスペースが本邸のサンルームを利用して作られています。静かで緑の多い、創作家には贅沢な会場です。今回はフランス・パリからカロリン・カールソンが招かれて、ソロの新作と現地のダンスグループのための一作品を振り付けています。私たちの次の週の公演です。

本番中に舞台の奥にみえる海上を、パーティー船が横切っていく(時には大音量のランバダなどを響かせつつ)のがまた旅情をかきたてます。ハイ・ローの区別なく渾然一帯としたアートにまみれて、いよいよ暑い、盛りの季節が訪れる予感がします。ヴェネツィアは間違いなく世界中の観光人たちの記憶に残る土地ですね。

入場料は3万リラ、約1500円、きちんと正装した招待客とラフな格好のダンスファンとが混じった客席でしたが、1600席の内、両サイドのシートには客を入れず約1000席、小雨が降って寒かったせいか途中で帰る人も目立ちました。いつものことですが、野外公演は天候次第で盛り上がりも盛り下がりもするもの。今日は少しさびしい感じがしてました。公演後はそのまま帰るしかないわけで、劇場だけがある立地はパフォーマンスの終わりはカットアウト。余韻を楽しませる工夫が必要ですな。
(2000年6月29日)


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