Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》01/12/22

万国文化中心報告 vol.45

●2001年12月  <その2>

大阪国際交流会館●メゾン・ド・キュルチュールのような

 大阪市の上本町六丁目界隈は、近鉄劇場があって、大きなお寺もあって、キタやミナミとは少し違う雰囲気の静かなエリアです。ここに低層の中規模劇場と会議場、ホテルを擁した国際交流会館があります。正面玄関が幹線道路から奥まって位置するためにひときわ落ち着いた印象を持つこの会館は、大阪市の外郭財団法人として運営されています。開場後10年余り、運営系の連絡や実務方面は手固く、安心できる会館です。諸料金が高いめで、それでそんなに馴染みがないのかもしれません。

 国際会議が開催可能な施設であり、実際に各種学会の利用が多いとのことですが、劇場としても充分な施設で、設備もまあまあと言えるでしょう。バレエの発表会が殆どで、そう言われればお芝居には少し散漫な会場でしょうか。場内壁が白い仕上げですので集中が必要なものにはしんどいと思います。

 今回は演劇上演のプロダクションメンバーとして訪れました。韓国の演劇作家の作品で、多分に自叙的な内容の1時間。韓国での制作スタイルと全く違うこの国のプロデュース環境に戸惑っているようで、私たちスタッフサイドも出演者もいろいろ振りまわされましたが、劇場のスタッフさん方もお疲れ様でした。皆さんありがとうございました。3日間半走りまわったおかげでいろんな発見がありましたよ。

 舞台部分はごく基本的な会館仕様です。緞帳、吊り物バトン、照明バトンのあいだに天井反響板が格納されていて、袖幕も常設、ホリゾントの前後・袖舞台も狭く舞台備品の格納に苦労している様子、袖通路は照明や音響の倉庫代わり、楽屋も舞台裏にひと並び。無駄が無いと言うか質素と言うか、多少手狭な感じ。搬入口はゆるいスロープで下った作りなものの、ステージレベルと揃った作業床が確保されていて合格。ただ、パネルなどの資材置き場でもあって荷捌きは大変そう。

 階段室は今では珍しい無塗装・無壁装のむき出しです。掃除が行き届き、好感度高し。掃除が行き届いていることと会館の使い易さのあいだには、至極不可解な相関性がある(と思っている)ので、適度な清潔感と物の片付き具合がこの会館の管理姿勢を過不足無く十全に語ってお見事です。「ああ、にっぽんのこや」大賞の授賞対象に推薦します。

 客席部分はこの会館の売り物、会議場仕様の工夫が満載です。いわゆるオケピ部分にもカーペットが敷かれています、ここがポイント。常では客席として座席を並べ、オケピ使用時は座席を移動して格納、さらに、会議時にはこの部分を持ち上げて緞帳前ステージとしても利用可、合わせて客席前半分も座席可動平面席なので必要に応じては客席部のみでのイベントも行える。

 照明設備的にも客席内への投光が準備されています。普段は客席壁の部分に切り込みがあり、はずすと投光窓としてつかえる場所が全部で6箇所・天井にも照明バトンが2本。照明と音響の調整室は客席両側の壁面内のいわゆるフロント下部にあって、しかも窓が大きく二つも開いていて、客席の全てがとても良く見渡せる設計です。今回のプロダクションは客席部に舞台を仮設しての公演(観客席は舞台に仮設しました)だったものですから、この仕様には大感謝。

 調整室からは舞台客席両方が見渡せるのが良いですね。今の大概の劇場は客席後部に比較的正面から舞台を見るような位置に調整室を置くので、下見したときにはこの会館の設計に時代遅れな印象を持ちました。でも実は正面には同時通訳室が一杯に並んでいて、苦肉の策の配置計画だったのか他会館の状況を勘案した末のことなのか、偶然ではないと思うのですが、ここの調整室は結果的にとても良い場所にあります。

 さて、照明作業のための通路にはいくつもドアがありました。例えば1階は客席ロビーへ、2階からは会館全体のエントランスホールに、という具合。小人数での管理と運営をスムーズに行うには良い計画と思います。フランス地方都市に配置されているメゾン・ド・キュルチュール(文化会館)に似ています。そう言えば客席観の天井の低さも、客席後部からの舞台の近さもやはり似ている感じがして。
 この会館は日本での設計例としては特殊なのかもわかりませんが、多目的というならこの位の内容が本来的。そう思えばこの会館の後に史上空前のホール建設ラッシュが到来している訳で、この建物がもしかすると最後の多目的会館といって過言ではない。多目的仕様のノウハウが一杯に詰め込まれた、ある意味での理想の箱物の具体例がこの会館なのか。

 公共の会館・ホールの地位での役割を真摯に受け取め、不適格な芸術至上主義や芸能拡大主義に堕することなく、多階層・多分野に遍く利用可能な施設内容を、丁寧に低予算に短工期で実現することは、建設事業に夢や理想が絡まない都会地では、このように可能だったのですね。

 仕事を終え、不思議な感興を胸に抱き、帰途に着いたのでした。

(2001/12/22) 


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