Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》01/05/21
●2001年5月 <その4>
シンポジウム●世界の劇場を巡って
世田谷パブリックシアター主催のシンポジウムにパネリストとして参加、パリの初演や世界の劇場の状況を報告しました。この劇場が演劇とダンスの上演を旨として設計され運用されてきている中で、国際的にダンス劇場として評価の高いパリ市立劇場での山海塾の作品創作のプロセスを一事例として取り上げ、ダンス向けの劇場の組織や設備を考える由。またフランス国内やヨーロッパ、アメリカ、東南アジアでのツアーの実際をエピソードを交え紹介することで彼我の劇場のあり様の違いを検討する目的。
パリ市立劇場と世田谷パブリックシアターの客席と舞台を比較する試みは、様々の劇場の客席構成や舞台設備の経験・知識が少ない当日の参加者には少々酷な感じでした。が、これといった装飾的要素の無いパリ市立劇場の急勾配の客席と、現代日本の舞台技術の粋を集めたかのような無駄の無い世田谷パブリックシアターの機構は好対照で、ぼくには新鮮な発見となりました。私見ですが、勾配のきつい客席の劇場は舞台床面の存在感を大事に考えてあるように思え、プロセニアムの存在が大きな劇場ではその裏面の吊りもの機構に工夫があるみたいです。
山海塾の新作プロセスも、我々が2年に一度の創作ペースで、そのことそのものが日本の他のカンパニーと比較すると特殊なので、興味というか話題もそこに集中しがちだったように思います。日本には各カンパニーのお客さんを大事にする考え方があって、その人達は旧作よりも新作を期待して待っているわけで、勢い旧作の上演を繰り返すことが少なくなり、新作をコンスタントにうって行く制作姿勢を持つとか。旧作をレパートリーとして何年もの間上演しつづけることと、その合間を縫うよう何年かに一度づつ新作を製作することは、不可分の活動バランスを成して山海塾の方向性や世界観を作り上げているので、そんなことも発言すれば良かったかなぁと思ったりしています。
ダンス劇場の設備や組織として、特に国際的な劇場として、特に求められるものがあるとすれば、それはきっと言葉によらないコミュニケーション手段とその能力の発明と維持の意識ではないでしょうか。山海塾の新作は、そして幾多のツアーは、本当にそうした努力を欠かさない沢山の劇場の大勢のスタッフさん達によって支えられている。装置も音響も照明も衣裳も、やってることは万国ほぼ共通なので言葉なんか要らないでも現場はまわります。ただ、どこかにダンスという認識があって、それがちょっとした重大事件の発生を予知し、予防し、また本番中や終演後の身のこなしに反映して小さな事故でさえ未然に解決してしまおうとする。作品内容に対してではなく、ダンスの公演の密度に対して、彼らは責任を持とうとしているように感じられるのです。
ツアーについての報告は時間が足らず次の機会に持ち越しになりました。ダンスというジャンルの幅は限りなく広くて、見方を変えれば演劇もダンスとして捉えられるくらいのもの。人が人としてどのように舞台に登場するか、そのために必要な出演者の準備とそれを支えていくスタッフの作業のすすめ方は、その劇場が観客とどう対峙するかを問うに、必要充分の答えを出してくれるものだと思います。出演者を一人物として観客の前に立たせる仕事。それがスタッフワークなのかもしれないと思うシンポジウムの成果でした。
(2001/5/21)
岩村原太の「万国文化中心報告」の扉へ
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