Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》02/3/05

万国文化中心報告 vol.53

●2002年3月  <その2>

街と国●蓄積する姿勢

 先のレポートの訂正と補足。舞台と客席の勾配を4度と8度と書きましたが、4%と8%の間違いでした。補足は舞台開口部の寸法(h=8m、w=12m)の項で、こちらの歌手の身長が軒並み2m近いことを考慮に入れてください。

 オーケストラや合唱、技術スタッフたちは、なんの気負いも無く毎日の現場をこなしているように見えます。ミュージシャンは土日の週休、スタッフも交代で週休2日、勤務時間も1日8時間までですが、フランスやオランダほどに厳密な休憩時間を持っている風でもありません。考えてみればイギリスやドイツにも電車で行ける立地なので、あちこちのやり方の最大公約数的な態勢を適用した感じでしょうか。
 ここの仕事の進め方で特徴的なのは、各部各係の連絡がひどく緩やか、時によっては曖昧、場合によると責任の所在さえも不確かな印象を受ける程のこと。ただ全員が自分たちの仕事の目的を共有しているムード、セクション事の作業をお互いに気さくに手伝ってみたりもして、肩の力の抜けた、初めてのタイプのオペラハウスです。

 なんのためのオペラハウスなのかと言うと、ここがブリュッセルに育ち教育を受けた音楽家たちの仕事場として重要であると同時に、もっと積極的にはブリュッセルの音楽の保存=この街における音楽のあり方や聴かれ方を踏まえた演奏の仕方やアンサンブルの蓄積を目的とした組織と施設なんだろうな、と言うことですね。
 モネに出入りする音楽家たちはとても尊敬され丁重に扱われています。ここが音楽の殿堂・もしくは牙城である所以です。シャトレにも専属のオーケストラは無かったのですが、音楽家は劇場メンバーの一員扱い、良くいえば友達感覚・ひどい場合は互いに邪魔者呼ばわりの付き合いで、狭い現場の喫煙所までが和気あいあいとした雰囲気だったのを思い出します。が、モネでは決してそうならないみたいです。

 上演されるオペラそのものも、ベルギー全土にブリュッセルから発信する〜みたいな意識は間違っても絶対に無くて、ブリュッセルの音楽ファンにお届けする〜てなお世辞も全く考えておらず、モネでモネのためにモネ自身が、目的に対して強い意思を持って演奏することになるわけです。それは演出も舞台技術も、オペラ周辺のおよそ全てが音楽に奉仕する態勢を示し、モネにオペラを息づかせるために、モネに生きたオペラの響きが満ち溢れるような仕事をする姿勢となって現れます。
 照明も例外でなく、2人の管理職、2人の現場チーフ、6人のテクニシャンが交代で務めていますが、オペラの細部の処理についてはとても的確です。感心することは無いんだと思うんですけど(どんな劇場でも得意分野があってそれを得意技にしている技術者が存在している)、ここは本当にオペラしかやってないんだなぁと思わせる手際の悪さがあってみたりするので、面白くてためになりますよ。

 モネはモネに音楽を蓄積し、ブリュッセルはブリュッセルでブリッュセルのことを考え、ベルギーはベルギーのことを思って街や劇場は眼中に無く。大げさかもしれませんが散歩などしているとそんなことをふっと感じるのは確かです。この町が以前は運河の張り巡らされた通運、通商の都市だった名残はあちこちに残る埋め立てられた広い道路や立派なホテルの建物からも偲ばれます。
 今では裏通りの建物は半分近くが空家や廃屋になってしまっていて、環状道路に囲まれた市街には住んでいる人は殆どいないんじゃないかと思います。モネがこの市街のほぼ中心にあって、南側には世界三大がっかりの一つ(小便小僧)やギルドハウスのある旧市街、北側が戦争で叩かれた跡を再開発した新市街になっています。旧市街のレストランは海産物をきれいにディスプレイしてあったりでとても観光地風、この季節は若い日本人客も目立ちます。

(2002/3/5)


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