Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》02/9/28
●2002年9月 <その4>
お茶会しました●京都芸術センター
明倫茶会。京都市街室町四条上ル、元明倫小学校を改装した京都芸術センターです。コーディネーターの企画したお茶会に照明係としてお付き合いしました。体育館の床を掘り下げて多目的に使えるようにしたフリースペースが、その会場です。
このスペースもそうですが、センター内の殆どの制作室・スタジオが土足禁止になっています。倉庫までの長い道のりを行くと、そこここに靴が脱いであるので可愛いですね。仕込みのばたついた気分が和んで、仲々素敵です。
すっかり京都の若手アーチストになじんだ当センターですが、ぼくにとっては始めての現場、いろいろ勝手のわからないこともあって難しかったですが、結論的に思うことは「やっぱり京都やなぁ」。そんな具合でした。
本番の土曜日、芸術センターの人口がふわっと増加したようです。展覧会や喫茶店に足を運ぶ人が多いからだと思いますが、昨日までの平日の、制作室にこもってトントン、スタジオにこもってぱたぱた、と言うのではない何となく華やかな風があります。お客さんが慣れている・馴染んでいて、いたずらな緊張感が漂わない、と言うのが大きいと思います。これは素晴らしいことですね。初めて来たお客さんでも、こうした雰囲気なら気持ちの良い親近感が抱けるでしょう。
2000年に開館して2年、今ではすっかり毎日の作業が決まっていて、特段慌てるでもなく困るでもなく日々が過ぎていっている様に見えます。文化中心と言うよりは芸術中心なのねぇという感想です。
それだけ京都の街の中心には文化が集積しているという事か、芸術も一箇所に集めて凝集させると角がとれて丸くなるという事か、妙に子供っぽさと大人な感じが同居していて、なるほどね。こうなるのか、と得心した次第。
というのは、海外のこうしたセンターでは単独のディレクターが立って、個人の名前でそのセンターの方針をするケースが多く、委員会制で運営するセンターってどんな感じなんだろうって不思議に思っていたんですね。
この施設には、芸術と言う文化界の大人(たいじん)達が、みんなで寄って若い卵達を見守っている風情があります。京都においては文化とは観光と並ぶ大産業、その文化の中でもひときわ文化っぽいジャンルである芸術は、ゆっくりゆっくりとその醸成・熟成・完成を待つ必要のあるもの。そうした認識を伺わせる何かがあります。
わかり易くて安っぽい現代芸術だけを特別扱いさせずに、旧態を保存する(古くからの)芸術芸能と同列に並べ、且つその状況を積極的に捉え・・・つまり、京都的都市状況の断面をここに生じさせ、そのことで都市内より都市外にある種の衝撃を与え伝えようとしていると言うか、いわゆる発信をしようとしていると言うか。
ややもすれば魑魅魍魎跋扈する魔界の様な、伏魔殿か暗黒街かと形容されがちな京都文化界ではありますが、その噂、結構真実味がありそうですね。京都芸術センターの静謐な佇まい、礼儀正しい落ち着き具合、拝殿を構えた神社系の、透徹した時空間質を強烈に味わいます。神有月の出雲大社ってこんなんなんでしょうな。
京都市立芸術大学、美術館、その他の市立施設でケアされてこなかったダンスや演劇に活動の場が保証されたことの意義は、そういう訳で果てしなく大きいと思いました。
(2002/9/28)
岩村原太の「万国文化中心報告」の扉へ
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