Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》04/1/10

万国文化中心報告 vol.97

●2004年1月  <その1>

アンサンブル・ゾネ●神戸→東京→横浜

 気が付くと年が明けていて、横浜赤レンガ倉庫での公演です。神戸はKAVC、東京がシアターX、そこでしばらく間を空け今回の上演となりました。みなとみらい21地区通称MM21のはずれに、この古いレンガ倉庫が残されています。

 2棟ある小さいほうが第一倉庫です。ここはギャラリーなどの施設として整備され、4階部分に公演スペースが設けられています。外内壁や貨物運搬路などをガラスで覆ったり、古い設備を陳列したりして、この地区地域と建物とが横浜ひいては近代国家としてのニッポンの生き証人であることを印象づけ、ついでにロマンティックなレトロ感覚も満載しようという試み。完成度は結構高いと思います。

 もう1棟は商業施設で、小粋な小物をこじんまりと並べたブティックが沢山入っていて、下見に訪れたクリスマスの頃は、それはもうハートウォーミングなチャームで精一杯にキラめいてました。まわりは駐車場と港の海面ですから寒々しいのですが、見渡せば高層ビルも大観覧車もあってちょっと安心できる感じ。神戸のハーバーとは一線を画した観光資源と感服。しみじみと自身の中年感覚を味わう一瞬です。

 シアターXがバブルの遺産、神戸は震災直前の建物、とすればこのレンガ倉庫エリアは20世紀最末期の叡智の顕現。決して素朴なままでは成立しなくなった上演空間の社会的位置と意味を、実際に創り上げて提示して見せつけられている気がします。
芸術がアートになって、エンタティメントとの境界も曖昧になり、伝統や歴史までもがプレゼンテーションされて、芸能化する。ここでは誰もが主人公を演じられる。

 日本語でなんといえば良いのか、パブリックスペース≒公共空間の一つとして劇場を考えたいという動きが、個々の会館ホール舞台の立地や地域コミュニティの要請を受けて、劇場の個性となって発現されている訳だろうと思うので、当然社会経済的な背景も無視出来ずに企画建設される数多くの“擬”劇場。それらを否定せずにそこで働く劇場人・舞台人たち。本物は彼らの胸中にあるばかりかと思います。

 国内での仕事が増えてきて、日本では日本なりの常識や通念があって、欧米の状況がそのまま役立つわけでもない、ことが感じられるようになってきているのですが、以心伝心文化とでも言うのか、実情・実際を必ずしも真直ぐに見据えずに、互いの心中にある理想を目と目で思い交わす風潮の、一見優しい温かい姿勢の後ろ側は、そうした本物探しをする孤独な表現者の背中なんでしょう。昔気質の職人みたいだけど。

 良い仕事をする、のが自分の信念にとっての事であって、それが決して仕事場や組織全体のためではない、となるとモティベーションあるいは職業モラルを維持するのは結構危ういものですよね。日本での劇場のスタッフへの評価って、つまりこのモラル意識の「有無」か「多少」についてなんじゃないかと考え始めています。

 仕事が出来る・やる気がある、よりも「本当の劇場を追いつづけられる」スタッフこそが絶対に必要なんですね。そうでないと劇場は空間性を失って市民生活の背景画のような、ぺらっとした平面的な物になってしまう。

 劇場人の資格、舞台人の矜持、こうした人間に属する部分の内容を欧米やアジアそして日本とで比較研究してみるほうが、良い劇場を作る近道かもしれません。

 ハードとソフト、そしてヒューマンの、3つの要素ということでしょうか。

(2004/1/10)


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