Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》04/4/19

万国文化中心報告 vol.111

●2004年4月  <その3>

テル・アヴィヴ大学●スモラーズ・オーディトリウム

 4月18日はメモリアルデイでした。この日、夜8時から翌朝10時までが祈念の時間とされており、一切のレストランや劇場公演・TVプログラムなどが自粛されます。私たちの公演も休演、おかげ様でゆっくりしましたが、逆にいろいろと考えさせられてしまって。19日の午前10時に二分間の黙祷を捧げるべく、街中のサイレンが鳴るのを何とも言えない気分で待っていました。

 前回来たときと街の姿は殆ど変わっていないように思います。今回泊まったホテルは海沿いの豪勢な立地。部屋の窓から見える景色は落ちついた高級住宅街と言った風情なので、いずれにせよそんなには変化が目立たない地区ということもあるでしょう。近くの海辺の施設(プールやレストラン)は今まさに夏に向けての準備中、穏やかで平和な観光地の風景そのものです。

 西向きの、地中海に沈む夕日を眼前に出来る砂浜は全長約5km、整備された歩道や公園になっています。そこを行き来するのはジョギングの若い男女、お年よりは孫と散歩、子供たちやビーチバレーを楽しむ人々。ヨットハーバーが何ヶ所かあり、釣りの出来る場所があり。この砂漠地帯の中では全くの別天地と言って良いのではないか。英語の会話がごく自然に耳に入ってきます。海外からの観光客でしょう。

 街行く人々のファッションなどは独特な気がします。連れて歩かれている犬や猫の尻尾は刈りこまれて形作られ、赤塚富士夫の「ウナギイヌ」みたいな感じ。お腹が見えるパンツとシャツの組み合わせはカジュアルの定番のよう。そのシャツもパンツもカッティングに凝っていて、切り替えの色々が個性的。店々のウインドウも明るく楽しげで、ジューイッシュの匂いというかユダヤ観は見つけるほうが難しいです。

 街のそこここに小さな祈念碑が建っています。英語標記が無いので想像ですが、年代の新しいものが多いのでテロの被害についてなのかもしれません。若い人たちの笑顔の肖像写真を飾ったバス停にも祈念碑があり、小さなろうそくがいつも幾つか灯っています。海辺の記念碑の幾つかには第二次大戦後まもない年代が刻まれ、ヨーロッパやアメリカからの移住者(生還者)の上陸を伝えているようです。

 全部で4回の公演のあと追加公演の予定もあったのですが、それは国内外の情勢の変化に伴い中止になりました。緊張が高まり、外出を控えるようになっているとのこと、新聞やTVニュースも繰り返し政府指導陣の判断を伝えます。アメリカの動きにも敏感になり、またヨーロッパ各国のイラク問題への姿勢も油断なく見届けています。この国の市民生活は精神的と物質面の微妙なバランスの上に築かれています。

 ましてやこの街はごく人工的な成り立ち、政治と経済に護られたコロニーのような環境、ここでの劇場文化の意味は自由な芸術表現というのとちょっと異なった地平を持っている気がします。未来を希求する意志の働きを消極的には受け入れているものの、どちらかと言えば内向きで、自分たちのコミュニティを確認する手段の一つとしての受けとめ方を感じさせる。・・・というのは日本でもそうですね。

 うーむ、ぼくの手には負えない考察領域に踏み込んでしまいました。平和と芸術の関わりについてなんて、安直に発言できません。

(2004/4/19)


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