Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》04/5/08

万国文化中心報告 vol.116

●2004年5月  <その3>

テントウ虫とハート印と●スイスのシンボルについて

 フリブルグに到着しました。劇場は駅からタクシーで10分ほど、隣町の郊外型ショッピングモールの一隅にありました。街道側は確かに商店になっていて、その反対側が劇場の入り口。案内されたときにはまさに倉庫だと思いましたね。とはいえ、スペースは充分にあるし市街からのアクセスも容易、駐車場も豊富で、劇場を外見で判断してはいけない、その見本のような小屋であります。

 エスパス・ムーロン、15m四方の舞台はコンクリートの床にダンスフロア、6m程の高さに15m四方でトラスが組まれています。客席も仮設で12段ほど、プラスティックのスタッキングチェアは黒。舞台と客席の廻りは暗幕で仕切って楽屋やロビーにしてあります。扇町ミュージアムスクエアと同じ方式です。ロビーもあって、観客用にバーになっています。今日は全館清掃中。

 本隊が明日小屋入りするのに待機して、照明と幕類の仕込みをチェック。照明チーフは技術部代表、道具と照明の手直しに一名、その他2名で細々と準備をしました。天井は屋根の波鉄板むき出しだったりするので決して豪華な雰囲気にはなりませんが、スタッフ心づくしの掃除と準備の様子に結構胸を打たれました。良かったです。
午前中で仕事を終え、おかげ様でゆっくりとフリブルグ市街を観光しました。

 スイスという国とその街・人々を知らない自分から見れば、フランスとドイツそしてイタリアのそれぞれの雰囲気や、やり方が何とも奇妙に絶妙に混じり合っているように思います。しかも町々の空気というか場所ごとのテイストがこれほど異なっていて、黙って連れて来られたら別の国と勘違いするほどなのでは。ヨーロッパの十字路、永世中立にしなかったら国内の分裂もさぞかしと、勝手に得心した次第。

 サリン川が大きく蛇行して、高原大地に切り立った渓谷を形成し、その渓谷の僅かばかりの川岸に古い町が出来たのが起源の街、フリブルグ。現在はそのあたり一帯が観光資源化していて12世紀頃の建物などが街並みごと保存されています。屋根のついた木橋なんかイタリア的で、子供が走りまわって遊ぶ光景にベネティアを思い出します。この渓谷を見下ろしてカテドラルが建ち、それが次の時代の中心部です。

 ドイッチェランド風のとんがり帽子型のランドマーク的建物が幾つも肩を寄せて、石畳も厳格に、商店もウインドウには文字ばかりで商品は奥に展示してある風。渓谷を大胆に横断する橋がかかり、ここまで登ってくると車の通行音も大きく響きます。
市役所や大学がこのエリアにあって、子供も少なく、観光客も物静かに興味深げに建物の合間の細い階段を上がったり下りたり。橋を渡れば大修道院が建っています。

 こうした自然の地形を利用して護られてきた町は、ケーブルカーやバスで現代の市街とつながっています。もちろん徒歩でもすぐで、歩いていると突然現代人に囲まれ、高校生くらいの若者が賑やかに通りすぎたり熱く2人で語っていたりする風景の一部に自分が取り込まれているのに気がつきます。国鉄駅があり、バスターミナルになっていて、この辺が現代のスイスなんでしょうか、少し無国籍な町の表情です。

 ホテルはここから徒歩5分。私たち山海塾にはおなじみの、フランスの地方都市と全く変わるところがありません。交通標識こそ3ヶ国語表示ですが、他の看板はフランス語ばかり、公衆電話や銀行のATMも見過ごせば、スイスということに気がつかないかもしれない。僅か3時間ほどの散歩なのに、くらくらするような歴史巡り。テントウ虫とハート印の案内看板の賜物です。

(2004/5/8)


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