Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》05/04/06
●2005年4月 <その1>
ダンスボックス●大阪新世界
本当はアートシアターdBと言います。何度も訪れるごとにスタッフの透明感が増し、今回は楽園のような創作環境に恵まれました。軸になる運営スタッフの柔らかな対応は、つくづくこの国の劇場現場状況の変化を感じさせてくれます。
この春までの間に2度、こちらで公演に携わりました。清水啓司さんのプロジェクトとアンサンブルゾネの作品です。それと、ワークショップに一日、参加しました。このdBの運営はNPO法人によります。そこに救いがありそうです。
管理、という立場は往々にして現場の自由を阻害する方向に働きがちです。現場が自主的に事故や事件を防げるならば、管理のセクションは施設や組織の監督にとどまることが出来、多分そのほうが双方共に発展する機会を逸せずに済む。
現場を教育の機会、と捉えることに無理がある訳です。古くから言い習わされてきた「見て覚える」「叱って教える」ことは、現場管理をいたずらに厳しくするのみで実際的には創作や創造の芽を摘むことにつながるでしょう。
守るべく絶対的な項目とは、つまり人命の尊重であり、財産の保全なので、現場にいるそれぞれの職域の人間が自覚的自律的に行動すれば、それは間違いなく保障される筈です。皆がそうできるように、教育の機会を独立的に設けるべきです。
dBのスタッフの行動を見ていると、まさにそれが徹底されているので、大変に気持ちが楽になります。創作家としての自身のアィデアを、教育的配慮を伴わずに大胆に提案出るのですから。やってみよう・それを安全に実現しよう、が叶う。
経験が人命を救うことは、間違いなく数多くあります。しかし、経験則に頼っていては実際の事故が起きないと危険について学べないことになります。その回避策として、データを揃え未知の危険を予防する姿勢が求められる。工学の分野では当たり前のことが、ようやく劇場芸術の現場でも志向されるようになって来た。
その、もっとも穏やかな実例の一つを、このアートシアターdBに体験します。dBのスペースとしての姿勢といえるのかもしれません。まず、自分から学ぶ。まず自分が納得する。そしてその理解を、共に仕事する仲間に伝達する。仲間を通じて現場全体で共有する。全員が、適度にプロフェッショナルで、適度にアマチュアリズムを失っていない。そんな劇場のあり方が実顕されているように思いました。
自分が劇場現場に足を踏み入れた頃からすると、確実に状況は変化しています。私たちの世代の責務は、作品創作において存在感を示すばかりではなく、もっとわかり易く安全を、事故事件の予防を、人命と財産の尊重保全を、学ぶ場を提供すること。
思えば日本は、この分野でも国際的に大きく遅れています。本格的な劇場建築とその運用ノウハウの蓄積が、バブル後にやっと始まったばかりなのですから。いつまでも建築現場基準で働いている場合じゃないですね。
(2005/4/6)
岩村原太の「万国文化中心報告」の扉へ
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