Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》05/06/20
●2005年6月 <その1>
fuga#3●京都芸術劇場春秋座
京都在住の若手俳優を主に据えた、太田省吾氏の最新作上演。ここ数年の仕事場でもある京都造形芸術大学の付属劇場での公演です。演劇を創る劇場には何が求められているのか、知っているつもり・わかっている筈ではありましたが、自分自身の非力を悔しくも噛み締めたことでした。改めて、組織のもつ方向性というか、あるいは組織構成員の動機付け、の大切さについてを考えなければならないと思います。
劇場というハードと、創作というソフトの、このマッチングについては、プロダクションの人間関係ばかりではなく、会館運営に携わる管理セクションの組織系統の質が、大きく、その成否を左右するのではないか、との仮説を今回再発見しました。
劇場と創作の間隙には警備、施設管理・設備機構管理・機材備品管理、さらに保守、プロダクションテクニカル、プロダクションマネジメント、演出、デザイナー・プランナー、出演者が介在します。お客さんの目に実際に触れる創作結果は演出以下の部分ですが、その氷山の一角を水面から持ち上げ続けるために、全く創作に関わりを持たない多くの人的組織が、極めて合理的機能的に構築されている必要があります。
幸いここ春秋座は大学校舎扱いで、先生方がご自分らの研究発表を準備してはる、みたいな京都風遠隔管理のおかげで今回は、ほぼ警備管理的にはNG無しで済みました。とはいえ現時点では、これが精一杯だったのかとも思います。またプロダクション側の劇場ハードへの接し方も、これまでの自身の経験がなんとかようやく役に立ち、想像を絶するほどには大きな混乱も見せずに演出を収めることが出来ました。
しかし、それだけに、だからこそ、様々なレベルで発生した中小のトラブルを吸収するジョイント部分=プロダクションの進行を担った各々のパートの皆さんには、本当に助けられました。つまりは、劇場としても、創作についても、まだまだ組織造りに不慣れなんだ、というのが僕自身このプロダクションを終えて得た感想です。
現在の春秋座にまつわる様々の人材は、決して組織されているとは言えないが、各人の柔軟な事態対応能力とそのスタンスのおかげで、結果的に辛うじて公演の失敗は避けることが出来た。
これは一回性(一過性)のものだからこそとは思うのですが、旧作再演ならともかく、こうした体制では新作創作の継続は過負担です。欧州の劇場組織が多くは2交代制、忙しい劇場だと3交代制のシステムを組むのは、勤務者の労働時間短縮のためばかりでなく、(今回思い知りましたが)劇場ハードを十全に活動させるためにも当然の措置ですね。人的組織の破綻を招かない工夫が運営の基礎にあります。
ハードをソフトの要請に応じて毎回飾り変えて使っていくわけですから、ソフトが充実するならばハードを回転させるための、一層の動機付けが必要になる。現場技術者の「何故俺たちは、こんなに激しく働きつづけているんだ!?」に答えが要るんです。実のところ、この答えを、今現在、僕自身が見つけられないでいます。
恩義理の情、なのかも知れませんけど、それは否定したいなぁ。
(2005/6/20)
岩村原太の「万国文化中心報告」の扉へ
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