Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》05/08/01

万国文化中心報告 vol.147

●2005年8月  <その1>

世田谷パブリックシアター●劇場を続けるということ

 前々回、義理や人情を否定したい旨をつづりました。それらが劇場という施設を継続するのに障害となることこそあれ、決して健康的な結果をもたらすことはあるまい、という考えからです。つれづれ旅を迷っているうちに、もう一ヶ月も経ちました。

 7月は世田谷パブリックシアターで2週連続してのお仕事。一つはトヨタコレオグラフィーアワード出場作の演出係として、もう一つはジャズライブのライティングデザイナーとして、多くのスタッフの皆さんに支えて頂きながら現場をあげて参りました。共に慣れぬ仕事ゆえ、しみじみ、人の、人を信頼する力に、助けられました。

 最終週には西陣ファクトリーGardenでの久方ぶりのダンス公演。劇場での推進力と同じように、これほどの小さなスペースでも「信頼感」こそが様々の行事を維持し、観客の皆さんとも距離を取らずにコミュニケーションが成立し、良い会場となるための絶対のファクターなのだな、と思い至りました。

 つまり劇場人としては、来場される皆を、まず信頼するところから一日を始めるんですね。あるいは、信頼する人たちを迎えるために会場の準備をスタートさせる。スタッフや出演者はそうして劇場に迎え入れられ、今度は舞台人として観客の皆さんを歓迎する。この良い循環を、何よりも大切にしなければならない。

 ぼく自身が、これまでこうした信頼に応え得る人物であったか、それだけの仕事を常々心掛けてきていたのか、甚だ疑問でもあり肝も冷えびえとしますが、気が付けば山海塾などの現場では、日々そうして迎えてもらっていたのは確かなことです。

 でも、初めて会うスタッフや出演者や観客の方を、彼らはどのように信頼して来たのでしょう。ややもすれば、ぼく自身では、毎日一緒に仕事をしている劇場の、舞台の、メンバーたちとさえ信頼関係が損なわれがちだというのに。難題です。

 作業の早遅、仕上の良悪、集中の粗密、性格の濃淡、理解の有無、こうした人間と仕事の評価が表立って見えてくると信頼関係は成立しにくくなりそうです。むしろ劇場としての場所・組織を信頼して掛からないと駄目なのではないか。その劇場で働く自分を自身が信頼できないとマズイのではないか。自信を持たないと。

 一分の虫にも五分の魂ではないですが、世界中のどんな小屋でもその場で働く人にとってはそこがその時の世界の中心なのだし、そこで働いていることを肯定的に捉まえられなければ辛くなりますね。自分の職場を好きになる努力が要るんだと思う。

 試しに、排他的にならず、常にウェルカムな状況で、仕事してみる。この与えられた場所で、常に人を信じる良い人になってみる。結局はそう言うことなのかなぁ、と暑さに寝ぼけた頭の中で、ふつふつ思いが醗酵しております。

 事前の諸書式のやりとり、諸図面での打ち合わせ、ご飯を食べたり飲むものを飲んだり、も、全てはそこにつながっていく。とすると、作品の良し悪しばかりでは私たちの仕事は成立しないということなのでしょう。

(2005/8/1)


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