Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》05/9/23

万国文化中心報告 vol.153

●2005年9月  <その2>

ひがな一日●上之町会館

 3年計画で今回が2度目の「ひがな一日」です。ダンサー上村なおかさんは昨年とは一転して力まない即興術を披露、会場の上之町会館も一時の祝祭性は漂わせつつ、しかし、はるかに落ちついて、穏やかな丸一日が淡々と過ぎていきました。

 この計画は、滞在型のダンス作品をより積極的に創演するための、多分に実験的な試みです。空間と時間、その2つの条件と踊り手と照らし手、計四者の無意図な作用の仕合いが、観客として同じくその場所を共有する人達に、如何に受けとめられるか。その場では何がダンスか、何が作品か、との美学(哲学)的な問いかけは極めて成立しにくく、上演成果を客観視出来る状況は敢えて作られていません。

 他地域の者からは岡山は、わざわざ出かけていく土地。岡山の繁華街の傍らにありながら、この上之町会館も地域の方にとってはわざわざ訪れに行く場所。ここで、この会場でしか創られ得ない、且つ、他会場では再演不可能のダンス上演が試みられていることに大変愉快を覚えます。第一、作品ですらない。

上之町会館を主体的に利用するDamda!は、広義の地域サービスに必ずしも貢献する姿勢ではなく、狭義の劇場文化の一翼を担う新作舞踊の発展的な新様式の、その芸術的効用の、その検証作業を目的としている向きがあって、しかも主観的。

 ダンスでは金森穣を舞踊の芸術監督に迎えた新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)の様な、地域(最新)文化(創造)発信(宣伝)型施設とは違い、前提としてダンス芸術が存在し、その先端を作品化する使命は、この場にはないんです。

 上演に携わる、との姿勢と熱意が静かに会場を支配していて、功罪の罪の部分がとやかく指摘され出した、この2・3年のコンテンポラリーダンス(と日本においてカテゴリーされている創作舞踊のジャンル)の新作状況のような、素人と玄人の境界を問わずにはいられない、乱暴で冷たい空気も、この場にはありません。

 ダンサーの仕事、照明家の仕事として、限りなくシンプルに「上演」の体験を提供する。こうした実験的な計画が、慌てずに新しい世代の作り手と観手を育て、私たちの将来を展望させるような新しい作り手と観手の関係を、なお、企画できれば、この3ヵ年もそれなりの実を結んだことになります。一方に作品を介した人々の関わりがある。また一方に上演を契機とした、人々の関わりもある。

 「これがダンスだ!」あるいは「舞台芸術だ!」的な趣旨の発言には時に肝が縮むほど権威的で威圧的な存在の顕示があって仲々に苦手なもので、でもそれはそうしたパワーを一杯に作品に込めたからこそ、その発言へ至る様に思います。そのパワーを、しかし「上演」にはぶつけたくないですね。ひがな一日を過ごしてそう思います。

 ただ上演を繰り返し、その上演の魅力が、さらにその作品の、舞踊家や美術家の、もちろん劇場や会場や、制作者や観客の、魅力を高めるものであって欲しい。この一日の感想はこんな結論です。上演の質を問う試みがもっと必要です。

(2005/9/23)


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