Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》06/10/02

万国文化中心報告 vol.183

●2006年10月  <その1>

フェスティバル・ダンツァ・コンテンポラーニア●リラ・ロペス

 リラ・ロペス国際現代舞踊祭、のオープニングナイトが無事終演しました。24年間オルガニゼーションを担い一昨年亡くなったリラ・ロペス氏の名を冠に、サン・ルイ・ポトシ州と市、ほかに多くの協賛企業や会場の名がアナウンスされ、予定を軽く30分は超過しての開演。メキシコ国内では最重要のフェスティバル・イベントとあって、全国各地からのお客さんで場内は一杯だったとのこと。反応はまぁまぁ。

 劇場はテアートロ・デ・ラ・パス(平和劇場)。ヨーロッパを中心とした劇場史からは完全に黙殺されている(植民地時代から独裁制に至る政治史的問題もあってのことだとは思いますが)メキシコ、それでもここもまた、メキシコシティの文化宮殿と同様、忘れがたいすばらしい劇場建築です。1894年の創建、1950年代の改装築を経て、そして100周年の1994年にもまた修増築が行われています。

 この国の劇場は、つまり、旧大陸の劇場文化と新大陸の合理主義が、絶妙に組み合わされて実現している様に思われます。社交場としてあるいは芸能家の教育機関として施設が計画されると同時に、大衆教化の機会創出や政治的・歴史的記念碑としても建物が準備され、実際の舞台設備は至極簡単にいつでも入れ替えが出来るような、最低限の装置だけをシンプルにレイアウトした造りになっているみたい。

 もともとはオペラの上演を想定した構えだったようで、奈落とオケピは石造のしっかりした地下室そのままです。舞台の裏側の2階と3階は音楽舞踊学校として現在も使われています(その正面玄関入ったところの扉が舞台に直結した搬入口です)。改築後の逆U字型プロセニアムはアメリカ式の間口が狭くタッパの高い、カーテンで上半分を見切ったデザインですが、最近にオケピと舞台が整理されてしまっています。

 ゆるく客席に向かった勾配のある開帳場は、舞台下手側が持ち上がっていて「旧構造にそのまま蓋しました」状態。オケピにはイントレを組み上げ仮設の客席床を置いてあります。もうめったにオペラの公演は無いとのこと、この劇場も主な上演は民族舞踊なんだそうで、そうした環境下、26年もの間、モダン乃至コンテンポラリーダンスを紹介し続けたリラ・ロペス氏は、メキシコ・アート界の大立者なんですね。

 客席観はなんと、世田谷パブリックシアターに似ています。大きく見上げた3階席は元の大衆席で、正面ホワイエから入場できない仕組みが今も残っています。2階席にはロビーが無く(つまりホワイエからすぐに別階段で、メインロビーにはアクセスできない)、また逆に2階に6つあるボックスシートは鏡張りの階段を使ってあがるスペシャル・フロアを持っていて、メインロビーを使う必要がありません。

 今はこのスペシャル・フロアが地域の芸術家の作品展示場、2階席の踊り場は劇場の資料展示室です。ホワイエの壮麗なモザイク(メキシコの芸能史)やシャンデリア(地球を象ったクリスタル製)、メインロビーのいくつもの銅像や革張りのソファ、などと合わせて見て廻ると、つくづく「劇場」の社会装置性=時代や政治・経済を如実に反映し積層化し保存する「文化の冷蔵庫」機能=を思い知らされます。

 「冷蔵庫」ですから保存中に腐って原形を失ってしまうものもあるので、オリジナルの見極めは必要ですけど、楽屋係りの親子2人は、お母さんはコーヒーメーカー番(電気を節約するためにコーヒーが沸いたらスイッチを切る係)兼務、息子さんは掃除が専門。彼は仕込み中でもホウキとチリ取リを持って、舞台のゴミまで小まめにさらって行きます。きっとそれが世襲制の職域なんだろうなぁ、と、思いました。


(2006/10/2)


岩村原太の「万国文化中心報告」の扉へ

無断転載禁止 掲載:アーク編集室