横浜美術館 開館10周年記念 「世界を編む」展
横浜美術館開館10周年記念 「世界を編む」展のプレス・プレビューとオープニングレセプションにでかけてきました。初めての経験です。開館以来、横浜美術館には数えられないくらい足を運びましたが、今回は少し緊張して入り口で受付けを済ませ、「取材」という腕章を受け取ると、気分はもうジャーナリストです。エスカレーターを上がって展覧会場に入ると、テレビの撮影クルーや、重たそうなカメラと三脚を手にした人たちが目にとびこんできて、作品を鑑賞するどころじゃありません。いつもは静寂に支配される空間に響く、カメラのシャッター音、照明担当者に指示を出すカメラマンの声。なるほど、展覧会の写真や映像はこうやって撮るんだ、と妙なところに感心して、少し興奮もおさまってきたら、さて、作品鑑賞です。
この展覧会は、今まであまり芸術性が論じられることがなかったという、「編む」技法による芸術表現の可能性を紹介するものです。たしかに、「編む」というとすぐに連想するのは、セーターやマフラーなど毛糸を使う「編み物」だったり、藤を材料にしたバスケットなどの「藤手芸」だったり、いわゆる手工芸品です。デパートの催事場に並べられることはあっても、美術館でお目にかかることはほとんどなかった気がします。
では、今なぜ、「編む」なのか。答えを見つける為にゆっくり会場をまわります。本展は24人の作家の64作品が、[1.構造と形]、[2.文化と身体]、[3.自然と人間]という3つのテーマでグルーピング、展示されています。
[1.構造と形]は、「編むという技法の構造や形体を、造形的に探求する作品」で構成されています。面白かったのはリチャード・ディーコン。たわめた木を素材にした大きな立体作品で、木が絡んだり格子状に組まれたり、抱え込んでいる空間の不思議な広がりを感じさせます。カタログには、「彫刻を重力から解き放った」と書いてあります。ほかにも面白い作品がありましたが、印象に残っているのが、マイケル・ブレナンド=ウッドの作品に付けられたタイトル。格子状の木の構造体に、布や糸が綿密に編み込まれたその作品は、『雄弁な悪魔』。オリジナルは"Silver-Tongued Devil"。思わず家に帰ってから英和辞典で確認してしまいました。へえ、雄弁な人の舌は銀なのか、とまたしても妙なことに感心。
そして、[2.文化と身体]に展示されている作品が私にはとても面白かった。ここには「編む行為や編まれたものが担う意味に着目して社会的メッセージを表現しようとする」作品が展示されています。エミリー・ベイツのセーターは人間の髪の毛を紡いで編まれたもの。もともと身体の一部だった髪が身体をまとうセーターになるという連続性。しかし、そのドレスは胴が子供サイズなのに極端に長い。「着られない服」という矛盾。そしてもう一人印象的だったのがローズマリー・トロッケル。機械編みされたニットには、「Cogito, ergo sum (我思う、ゆえに我あり)」と編み込まれています。「女性的で文化的にも低く見られていた素材と技能」を使ってデカルトを編み込んでしまった芸術家!
彼女たちは、「従順で無害な」女性の作業とみなされてきたこの営みに、強烈な反社会的メッセージや、権威への嘲笑を導入することで、旧来の「女性」のイメージを覆そうとしている、ということでしょうか。
そして、[3.自然と人間]では木の葉や石を素材に使うアンディ・ゴールズワージーの作品が印象的です。葉と葉が編み込まれることで、自然のフォルムとエネルギーが目に見える形で提示されているようです。
さて、こうして見てきた24人の作家たち。時間をかけて反復を繰り返す「編む」という行為。一本の線から空間が構築される造形表現の面白さや可能性。そしてジェンダー論への展開。とても面白い展覧会でした。しかし、なぜ、今、「編む」なのか? そこのところがもうひとつわからないまま、報道関係者向けの記者会見場に、促されるように向かいます。
担当の学芸員の方に鋭い質問が次々とあびせられます。ひとつひとつに、真摯に答える表情はにこやかだけれど、自信に満ちています。「なぜ、今、『編む』なのか」。当然のように提出された質問に、こう答えていました。「ヴァーチャルな表現があたかも時代の主流のような現代において、手=身体を使って表現する行為とはなんだろうか、ということをあらためて提起したい」と。
一番後ろの席で、緊張したやり取りを聞きながら、ひとつの展覧会が開催されるまでのプロセスや苦労の一端を垣間見た気がしました。
一転して華やかな雰囲気のレセプション会場を後にして帰路につきます。誰かが「編む」と「織る」はどう違うのか、と質問していたことを思い出しながら。英語のweaving にはその区別はあいまいだ、ということです。考えてみると、日本語には糸偏の漢字ってたくさんあります。編む、織る、組む、絞る、結ぶ、紡ぐ・・・。紫、絹、紗、絢、絵・・・。
そういえばもうすぐ七夕。おりひめぼしベガは一年間、何を思いながら織機に向かっているのでしょう。ひこぼしアルタイルへの想いを、織り物に編み込んでいるのでしょうか。それとも一年分の愛の言葉を紡いでいるのでしょうか。と、これはちょっと脱線。
横浜美術館 開館10周年記念 「世界を編む」展は8月22日まで。いろいろな講演会やシンポジウム、ワークショップ「ヨコハマを編む」なども開催されます。
アーツカレンダーの横浜美術館のページを参照→「世界を編む」展
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