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「見えないもの」松江泰治−サム・サモア−平川典俊 3人展

ギャルリー・ドゥ(目黒区柿の木坂2-10-7 TEL03-3717-0020)にて4/28まで

渋谷から東横線を利用して学芸大学駅で降り、駒沢通りを15分ほど歩いたところにあるギャルリー・ドゥにでかけてきました。うすい水色の明るい建物。エントランスから一階左手の展示室入り口まで、吹きぬけの空間から差し込む春の陽射しが気持ちいい。展示室の入り口はくもりガラスの引き戸になっていて、するりと身体をすべりこませると、中は薄暗くひんやりとして天井が高い無機質なスペースです。松江泰治、サム・サモア、平川典俊の3人展が開かれています。

タイトルは「見えないもの」。私たち人間が本来所有しているのに、日々のくらしの中でどこかに置き忘れてしまっている「見えないもの」。それを3人の作家が「クロノス」、「エロス」、「タナトス」という3つのテーマで拾い集めた展覧会です。

この展覧会に足を運んだのは、東京都現代美術館で3月26日まで開催中のMOTアニュアル「低温火傷」展で初めて見た平川典俊の写真作品がきっかけです。低温火傷というタイトルが示すように、「豊か」で「平和」な現代社会の「生きにくさ」を表現する同時代の6人の作家の作品群のなかで、平川典俊の《S》というシリーズ写真は衝撃的とも言えるものでした。地面を真上から撮影した、一見構成的な10枚の風景写真ですが、説明を読んで、一瞬背筋をぞっとしたものが走ります。それらはスイスの自殺現場を訪れて、自らの命を封印した人々が最後に見たであろう光景を撮影したものなのです。

思わず足がすくむような錯覚を覚えます。ビルの屋上から?それともキッチンの窓から?駐車場の車が眼下に小さく見え、数秒後にあのボンネットに激突したであろう人の視線と、カメラを構えシャッターを押す作家の視線と、そして今ここで写真を見ている自分の視線が絡まり合って、それは恐怖とも恍惚ともいえる体験。《S》はスイスと、Suicide(自殺)の頭文字ということです。

その作家の名前を探して「見えないもの」展にたどり着いた薄曇りの日の午後、またしてもどきりとする作品に出会いました。平川典俊のインスタレーション作品には「思いの在処」"Whereabouts of Affections"というタイトルが付けられています。

壁に掛けられた鏡に、床に置かれた写真作品がぼんやりと投影され、観客である私たちは鏡の中に映りこむ自分の姿と、そこにオーバーラップする「気配」をじっと見つめることになります。何の気配なのだろう。立っている位置からはその写真そのものは見えない仕掛けになっていますが、「装置には水が張ってあるので近付かないように」という注意書があります。そっと裏側に廻って覗きこんでみました。そしてしばしの間、言葉を失い、茫然としてしまう。ショッキングな写真であることは間違いないのだけれど、これは生の営みなのだろうか、それとも死の儀式なのだろうか。

ヒントは「生は死によってしばしの間、生かされているにすぎない。」という一文で始まる作家自らのメッセージに隠されているようです。「人は生から自由になりたい。そのためには生に自由を見出すこと。それによって始めて死に近づくことができる。」と続くメッセージを時間をかけて読んでみます。

1960年生まれのこの作家は、美しくそしてかなり残酷な方法で、生と死の危うい境界を示すことで、タナトスという「見えないもの」を私たちに感じさせようとしている、ということなのもしれません。

サム・サモアは唇をクローズアップした写真で「エロス」を、松江泰治はグレーの階調の俯瞰した地表の写真で「クロノス」を呈示してみせています。向き合うテーマは決して明るく軽いものではないけれど、洗練された空気が漂う展覧会です。

少しずつ、でも確実に春はもうそこまで来てるようです。桜の季節が今年もまた、めぐってきました。

Mar. 19, 2000 Sumitani


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