東京国立近代美術館フィルムセンター展示室
「写真再発見」展
展覧会のチラシやポスターが印象的で、来週はこれを見に行こう、という気持ちになることがよくあります。今回もそんなきっかけで京橋に足を運びました。7月10日まで「写真再発見」展が東京国立近代美術館フィルムセンター展示室で開かれています。モノクロームの写真と、赤地に白抜きの「写真再発見」という文字とで構成されたポスターが何ともシャープです。
フィルムセンターは銀座からすぐ、京橋のビル街でまるでオフィスビルのような顔をして私達を迎えてくれます。エレベーターのドアが7階で開くと、まるで別の世界に降り立ったよう。写真を保護するためでしょう、フロア全体の照明が抑えられているのですが、ガラスで覆われた二層吹きぬけの天井から差し込む光が、足元に柔らかく影を映し出します。
例えばコンサートホールなどで、いよいよ開演という照明が落ちる瞬間、何とも言えない胸の高まりを感じるものです。薄暗いといっていいくらいの展示室に足を踏みいれた瞬間、同じような感覚に陥りました。感覚が解き放たれる瞬間。
この展覧会は四つの章から構成されています。
[1.かたち・明暗・テクスチュア]
[2.視点・距離・パースペクティヴ]
[3.瞬間・時間・歴史]
[4.作者・他者・匿名性]
同館のコレクションから国内外の作品約80点がそれぞれのテーマにそった形で展示され、とても整然と、写真固有のアプローチによる表現世界を堪能できます。
私は、写真という表現手段そのものが好きなので、特に[1.かたち・明暗・テクスチュア]に展示されている写真が面白い。いつも当たり前のように見ているモノの形や質感、それに、感覚としてしか捉えられない光が写真として定着されると、そこに思わぬ造形美を発見して息を呑む思いです。特に印象的だったのは、アルフレッド・スティーグリッツのモノクロームの虹の写真と、ブレット・ウェストンの、やはりモノクロームの砂丘の写真。
七色の虹が、ここでは白くぼんやりとした、ゆるやかな弧を描く光の柱です。写真というのは、現実をそのまま写すものではないんだ、という当たり前のことに気付きます。モノクローム写真には色彩が存在しないんだ、とこれまた当たり前のことにどきどきします。
アルフレッド・スティーグリッツは画家ジョージア・オキーフの夫です。去年東京都写真美術館で開催された「ラヴズ・ボディ」展ではオキーフの強烈な自我を写しだす作品が展示され、被写体と撮影者である夫婦の「関係」に興味を抱きましたが、自然を相手にした写真も魅力的なことを発見。
ブレット・ウェストンの砂丘の写真には、深い深い影が画面の中央に縦に走っています。影が存在感を持つ、というのはひどく矛盾しているようですが、ここでは黒い影が強烈な力を持っています。砂丘という現実が、この写真では生き生きとした明暗のパターンとして提出されているのです。
解説に、「写真はレンズの前の具体的な現実へと迫りつつ、あるところでするどく抽象へと転ずることもできるのである。」とあります。するどく、しかし軽々と、抽象へ変容する虹や砂丘!単に現実を定着させる手段ではない写真の魅力がそこにあると思います。
他にも三好耕三の『See-Saw』シリーズなど、当たり前のように思えていた光景が、不思議でたまらないものにみえてしまう写真、伊藤義彦の『imagery』シリーズのように、キュビズムの複数の視点を連想させる組み写真など、まさに写真の面白さを再発見することができる展覧会です。[3.瞬間・時間・歴史]も興味深いテーマで、天体の運行を撮影した写真など、向かい合う時間のスケールの大きさに、思わずくらくらします。何億年も前に輝いた光がそこに写し出されているわけですから。
さて、今展はコレクション展ということでカタログが発行されていないためか、展覧会場のあちこちに小さい文字の解説プレートが掲示されています。でも、ちょっと専門的で難しく、読むのに疲れます。ぐるりと展示室を一周して出口までやってきて、思わずふう、とため息をつきました。そして、あれっと気付いたことがあります。ヌード写真が一枚もなかった!そういえば私の好きなロバート・メープルソープも一枚もない!展覧会そのものがとても真面目かつ知的で、アカデミックな構成という印象です。アラーキー展が、猥雑でちょっといかがわしいテーマパークだとしたら、今展は、眼光の鋭い教授が凛とした声で講義する、大学の講義室といったところでしょうか。
エレベーターで一階まで降りると、陽射しのまぶしさに目が眩みます。でも本格的な梅雨空ももうすぐのはず。うすいうすい水色の傘が欲しくて銀座へ向かいます。開くとちょうど紫陽花の花のような。そしてビル街の窓ガラスに写る自分の姿に、思わずにやりとします。いつもより少しだけ背筋がピンとしていたので。
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