「パリ・国立ピカソ美術館所蔵  ピカソ展」

上野の森美術館で6月14日まで開催中の「パリ・国立ピカソ美術館所蔵 ピカソ展」を観て来ました。終了間近ということで、平日の午前中なのに大変な賑わいです。前日の新聞に、美術史家で同美術館長のジャン・クレール氏の来日インタビュー記事が紹介されていたことも影響していたのかもしれません。「日本人がピカソに巡礼している姿は感動的だ」というコメントが印象的です。

巡礼、という言葉の意味を考えながら、上野公園を目指します。ピカソは、現代美術に興味がある人もそうではない人も、とにかく「行かなくてはならない」という気持ちにさせるようです。昨年渋谷 Bunkamura の展覧会も、やはりかなりの人出でした。

ピカソはその生涯を通じて、絵のスタイルが次々に変化しているし、なにしろ膨大な量の作品が残されています。すべてが好き、という熱狂的なファンでなければ、みなそれぞれ「私のピカソ体験」を持っているのでは、と想像します。青の時代は好きだけど、キュビズムになるとちょっと、とか、ゲルニカには感動するけど、新古典様式はつまらない、とか。

私はそれほど熱心なファンではありませんが、新古典様式と呼ばれる時期に描かれた作品が好きで、とりわけ息子ポールの肖像が面白い。今回は《ピエロに扮するポール》が来ていましたが、去年Bunkamuraで展示のあった《仔羊を連れたポール、画家の息子、二歳》が一番好きな作品です。いずれも、ポールを見つめるまなざしの優しさが感じられて、狂気のエネルギーの芸術家も、こころ安らぐ瞬間をもっていたのだな、とすこしほっとします。特に今回の《ピエロに扮するポール》は、気取ったポーズを取る少年の、父親への信頼にあふれた表情がなんとも純粋で、愛らしい。

今回の展覧会はいわばピカソの通史です。彼の生涯を通してのスタイルの変化は、やはり知識がないとイメージがつかみにくいのですが、重いカタログや分厚い専門書はなかなか読み通せません。そこで、今回とても参考になって面白かった本の紹介を少し。池田満寿夫「私のピカソ、私のゴッホ」(中公文庫)。

画家の眼から見たピカソの姿は、なまなましい。例えば「青の時代」は、プルッシャン・ブルーという最も安い絵の具しか使えなかったからだ、という俗説が紹介されています。また、ピカソというとわけのわからない絵、という印象を抱きがちだけれど、「ピカソはリアリストであり続けた。形体をどのようにゆがめても、どのように突飛な組み合わせをしても、モチーフは静物・風景・人物という規格から絶対に離れようとしなかった」という指摘。その例として「ピカソはギターや楽譜をしばしばモチーフに選んだ。だが彼はカンディンスキーやクレーがしたように絵そのものを純粋抽象に還元しようとはしなかった。ギターや楽譜はモチーフとしてのギターや楽譜であり、音楽そのものではなかった。」とあります。

つまり、フォルムの破壊はあっても、女は女、化け物?と思うような馬も馬、ということです。ピカソの描く楽器は楽器であって、クレーの絵のように音楽そのものではない、という指摘には思わず、なるほど!

「二十世紀を手玉にとった男」(同著)を理解することは容易ではなく、その多彩な表現の前で、芸術を産み出す狂気のエネルギーにただ、ただ圧倒されてしまうばかり。でも、二十一世紀も間近い東京の美術館で、人ごみにまぎれて作品を見ることも、ピカソと共にいるというひとつの経験であることは間違いありません。それはやはり至高の時間です。

商魂たくましいピカソグッズの販売コーナーをやっと通り抜けて、初夏の陽射しを避けるように上野公園を歩きます。パリからやってきた、気難しそうな顔の美術史家の言った「巡礼」という言葉をもう一度、ゆっくりと考えてみます。

はじめは、日本人が権威へ迎合する姿を皮肉を込めて言っているのかな、とも感じましたが、こうして見終えてみると、そうではないことに気付きます。とらえどころのない現代に生きる私達にとって、ピカソというあまりにも大きな二十世紀の芸術家は、存在そのものが絶対的な価値といえるのかもしれません。だからこそ、足を運ばずにはいられないのでしょう。

訪れた人たちが皆そうするように、私も「私のピカソ」を確認して、そしてこころに大きな安心感を抱いて美術館を後にします。


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