岡本太郎美術館 開館記念展「多面体・岡本太郎 -哄笑するダイナミズム-」
Exhibition Report / TARO, a truly multifaceted individual
会期: 10月30日(土)〜2000年4月9日(日)
開館時間: 9:30〜17:00 (入館は16:30まで)
休館日 : 毎週月曜日、祝日の翌日(11/4と24は開館)、12/29〜1/3
(1/31 2/4までは展示替えで常設展示のみ)
料金: 一般900円、小・中・高・大学生500円
「アーツ・カレンダー」内のページ→岡本太郎美術館/川崎「多面体・岡本太郎」
ここのところさまざまなメディアで岡本太郎が取り上げられています。著書の復刊が相次いだり、大阪万博を振り返って再評価する動きなど、現代に生きる私たちに岡本太郎は強烈なメッセージを送り続けているようです。先日訪れた青山の岡本太郎記念館にも、作品を前に楽しげに語り合う人たちの姿が絶えないといいます。
そして先月、10月30日に川崎市の生田緑地内に「岡本太郎美術館」がオープンしました。前日の29日、プレス向け内覧会と記者会見が行なわれ、強い陽射しが晩秋とは思えない午後をダイナミックな空間で過ごして来ました。
向ヶ丘遊園の駅から少し距離はありますが、バスかタクシーを使ってもよいし、ぶらぶら歩いていってもそれ程苦にはならないでしょう。日本民家園側の入り口からは緑地内の林を抜けてすぐです。まぶしい緑の中に石畳の階段が見えてくると、その上が美術館。階段を上がるにつれ高さ30メートルのシンボルモニュメント「母の塔」がだんだん視界に入ってきます。
ちょうどオープニング当日のイベントである下諏訪の諏訪神太鼓による「太郎太鼓」の演奏がエントランス前の広場で披露されるところでした。カフェの前の人工池の水面にぎらぎらした陽射しが反射します。太鼓を叩く若者達も、汗をしたたらせ恍惚とした表情でばちを振りおろします。ここはすでに「岡本太郎」の空間!
ドーム型のエントランスホールを通って入る展示室、まず真紅の壁に「TARO」の文字。足を踏み入れた瞬間、背筋が少しゾクッとしました。「異界」とはこういう場所のことかもしれない。空間に充満する岡本太郎のエネルギーがそう感じさせるのでしょうか。
個人の美術館としては国内でも類をみない展示面積という広いスペースを使って、開館記念展の「多面体・岡本太郎 −哄笑するダイナミズム−」展が2000年4月まで開催されています。既成の枠組みにとらわれない多彩な活動の軌跡が約290点、圧倒的な存在感で展示されています。
テーマ別に11のグルーピングの展示で、珍しいパリ時代の作品や写実的な未発表の作品など、新しい発見にどきどきしますが、詳しい情報と画像はアーツカレンダー内の岡本太郎美術館のページ「多面体・岡本太郎」に掲載されていますので、ここではその中の一つ、「撮す・フィールドワーク」というタイトルの写真展示のことを紹介することにします。
とにかく圧倒される、の一言です。だれにも真似のできない「岡本太郎の写真」です。被写体は「縄文土器」や「沖縄」、「東北」など、文化人類学的視点から撮られた、というもの。土俗的でプリミティブなものに惹かれた「写真家」が捉えたのは、強いライトをあててその生命力をクローズアップした縄文土器。仮面をつけることによって人間とは別の存在としてそこにいる「なまはげ」、なまはげの仮面をはずして人間に戻った放心状態の秋田の若者。鬼となり、あるいは鹿となり恍惚と踊り狂う岩手の祭り。ぶれてななめに歪んだ構図の出雲大社。神に豊作を願う農作業のどこかユーモラスな女達。強烈な光と影のコントラストの中に笑う沖縄の老女。
写真全体にあふれるダイナミックでエネルギッシュな生命の躍動感。そして目の前の現実を超越した根源的な存在とでもいえるもの。それらがまるで「どうだ、これが岡本太郎の写真だ」と襲いかかってくるようです。自分が今見ているものは岡本太郎の視線がとらえたもの、という事実が頭ではなく感覚に重く衝撃として伝わってきます。
図録の飯沢耕太郎氏の解説を読むと、岡本太郎は写真家としては実にシャイで、相手の目の前にカメラを向けることができず、45度ずれたところから撮るレンズをあつらえたという逸話も紹介されていて、驚きです。また、同年代の木村伊兵衛や土門拳とは根本的に違う写真のありようが、1930年代に滞在したパリ時代の交友関係に焦点をあてて論じられています。マン・レイ、ブラッサイ、ロバート・キャパ、フローランス・アンリなど、私の大好きな写真家の名前もきら星のごとく並び、彼が写真に関して影響を受け、吸収したものが漠然と浮んできます。いずれも「生きている存在」を慈しむようにファインダーに捉える写真家ばかりだから。
岡本太郎美術館には膨大な写真資料が保管されているそうです。雑誌に連載された「芸術風土記」と「神秘日本」という写真群はその全体像をきちんと把握しながら分類し、再構成する作業が進められなければならない、と指摘されています。いみじくも館長が記者会見の席上で「ここは死せる芸術家の墓場ではない」と語っていたことが印象的です。
収集・展示だけではない、調査・研究機関としての美術館の機能が発揮されることを楽しみにしたいものです。(なんて魅力的で面白そうな作業でしょう!)
さて、プレス向けの行事が終り帰路に付く途中、華やかなオープニングセレモニーの招待客たちとすれ違いました。有名なアーティストもぞくぞくと現れ、興奮状態です。
おお、天才アラーキー。荒木経惟「TARO愛」という写真集も出版されているそうです。岡本太郎の作品をアラーキーが独自の視点で撮影したもの。まだ手に取って見ていませんが、雑誌で何点か紹介されているものを見ると、ヌードの女性が太郎のオブジェに抱きついていたりして、これはもう天才と天才のぶつかりあいです。
ところで、この美術館の建設に当たっては、生田緑地の自然保護の立場から反対する市民グループの運動があり、現在も係争中とのこと。多様な価値観を持つ現代社会において、美術館の前途は必ずしも明るいばかりではないようですが、今後どのように環境と共生して美術館活動が展開されるのか、興味がもたれます。今後、岡本太郎作品の展示ばかりでなく、万博を振り返る展覧会や、現代作家の展覧会などが企画されているとのことでした。
さてさて、強烈な美術館を訪れて間もおかずに見学した、世田谷美術館・横尾忠則ワークショップの2回目と3回目のこともレポートしなければ。世田谷美術館の広い創作室は毎回子供たちの明るい笑い声に包まれて、なんとも幸せな時間です。初回に空想した「将来なりたいもの」を、2回目には資料を持参して模写しました。空想から模写へ。絵画の基本を体験したら、3回目はそれを実際に衣装や小道具で表現します。横尾さんは材料をそろえるためのアドバイスはしても、制作上はほとんど手も口も出さず、子供達の自由な発想を大切にしているようです。
最終回の11月7日(日)、子供達はそれぞれの扮装で美術館の内外をパレードするそうですから、砧公園に出かける予定の方は午後2時ごろ美術館の方向にご注目を!
9日から14日までは世田谷美術館内の区民ギャラリーでこのワークショップの展覧会も開かれるそうですから、プラハ展にお出かけの際には是非、こちらも覗いて見てください。
Nov. 4, 1999 Sumitani
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