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vol.89

WONG WING TSAN JAZZ TRIO-WIM-

2002年5月13日
東京・代々木上原◎MUSICASA

Piano:ウォン ウィン ツァン
Drums:市原 康
Bass:森 泰人

一言でジャズと括ってしまうより、もっとずっと大きく、ただ「音楽」であると感じる。昨年のWIMのライブでの楽しさ、明るさの先にあった扉を開き、さらに奥へと歩んでいくようだ。楽しさの強かった以前に比べ、3人のより純度の高いエッセンスが抽出されているように感じる。

新しく出される予定のアルバムの録音も兼ねたライブで、演奏される曲のほとんどには正式なタイトルがついていない。M-1、M-2と紹介されるだけ。控えめなおしゃべりをすこし挟みながら、会場の空気はリラックスと聴いたことのない曲を耳にする嬉しい緊張感がほどよく同居している。アーティストが言葉を選びながら話し、音を選びながら演奏する。ライブの醍醐味。1年に一度しか聴くことのできないトリオとオーディエンスとの間に呼吸が整う瞬間からライブが始まる。

ウォンさんのピアノは、水や大地のように、どのように姿を変えようと「そこにある」という圧倒的な存在感を思わせる。柔らかく繊細な音なのに、いいようもなく大きく強く、トリオ、ホールのすべてを包み込んでいる。ピアノのメロディーの印象をとらえる間もなく、曲ごとに、違う場面への扉を押し開け、その後はベースとドラムに物語ることをまかせているよう。

演奏される曲のどれもに、近くにあるけど、今ではなく、ここではない場所に誘われる感覚がある。日本ではないけれど、アジアのどこか。現在ではない少し未来、少し過去。デジャヴというのではなくて、「DNAに組み込まれた記憶」が呼び覚まされる。それは、TVから流れてくるアジアの西や南の果ての映像を、このごろ頻繁に目にするせいかもしれない。

「知られざる子供たち」ソマリアの少年兵であった子供たちのドキュメンタリーのために作られた曲。なにも持たない子供たちの生活を、ウォンさんが語った後の演奏。子供たちの現実は、どれほど想像しようとしても、届かないものであるだろう。胸を締め付けられるような、もどかしい同情や感傷を森さんのベースソロがソマリアへと近付けてくれる。言葉では表せない感情を音楽が繋げてくれる。ここにある音楽を、同じ高さの目線で共有できる世界になれば。。。

太く深いベース。木から作られた楽器が、人の手を動かして空気と木の音を、自らが奏でている。森さんのベースは、意図的なものを感じさせずに、自然が音楽の姿を借りて現れているようだ。人工的なホールをいつの間にか、有機的な空間へと運んでいってくれる。

からりと、軽々と舞うようなドラム。繊細で、こんなにキラキラとしたドラムもあるのだ。今回のライブでは、ドラムとピアノの音が逆転しているような気さえした。金銀瑠璃玻璃ちりばめた宝冠を並べて、ひとつひとつ取り上げて、それぞれの思い出を語らせる。森さんのベースが空間を運ぶなら、市原さんのドラムは時間を操り、懐かしいときを見せてくれるような気がする。

密度の濃い音楽がじっくりと体中に満ちたところで、「ではアンコールの曲を」と行間なしで(アンコールの拍手もなしで)、突然「アンコール曲」に!ゆっくりめに進んだプログラムのため、時間がなくなってしまったんでしょう。とてもテンション高く、全身でリズムをとり、手拍子と笑いのうちに、終わってしまった。本編とアンコールの落差がとても大きかったのだけど、笑顔で終わるライブになって、なんだかとても暖かかった。

2002年5月13日


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