Arts Calendar/Art's Report site/《WADA Map》2.5 Minute Ride
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【2.5 Minute Ride-ツー・ポイント・ファイヴ・ミニット・ライド-】
東京・新宿 紀伊國屋サザンシアター
この主人公=リサ・クロンを篠井英介が演じる。「自作自演」の一人芝居を他の俳優が演じる、ということ。女形としても活躍をした篠井英介が、男物か女物か曖昧なパンツスーツで現れる。靴も男仕立ての少々ヒールが高めのもの。女性そのものではない仕草。篠井英介が話すと違和感のないほんの少し女っぽい言葉使い。こんな見た目にとらわれて、舞台にいる人が女性なのか、男性なのか、すごく気になる。
リサ・クロンが自分の父親を語る自分を演じたことの意味と、その脚本を別の性の、別の「俳優」がリサ・クロンを演じることの属性に混乱してしまう。リサ・クロン以外の人が「演じ」た時点でできる温度差にとらわれてお芝居に集中できない。「わたし」って言葉、便利だな−、「公私」「男女」いつでも使える。
もしかしたら、これは集中させないためのトリックなのかな、と考えたりする。人の話をうわべだけ、音だけは聞いているけど、語られる内容は、興味がもてない私的な部分とユダヤ人、ホロコースト、アウシュビッツ、民族などというグローバルであり、ミクロな話。集中できないけれど、客席という場所に拘束された時間。
リサ・クロンの父親は戦争体験を語るわけではない。どちらかと言えば、順風満帆に、豊かで楽しく人生を過ごしたことばかりが語られる。アメリカで生活するリサ・クロンと両親、親類。エキセントリックな人たちの滑稽なエピソードの下に隠れているものを、観客が自分で読み取る意志を持たなければならないのかも知れない。目の前にある曖昧なものに惑わされずに。
劇中で使われるスライドに写真は映らない。カシャ、という音と写真の枠だけで、映っているものはない。リサ・クロン=篠井英介を見つめた後、スクリーンを見ると残像が映り、セピアに褪色した人物の様子が見えるような気がする。
冒頭でうすうすわかるけど、話が進むにつれ、リサ・クロンはレスビアンであることがはっきりする。篠井英介だったから、ややこしかっただけなのか…。
公演チラシやパンフレットにヒントはあるし、海外では様々な賞を受賞した脚本であり、リサ・クロンなのだけど、お芝居を観る時に、「予習」はあんまりしたくないんだけどな。と思ったりする。
2000年9月13日
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