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「伝統の現在シリーズ10」

2000年9月21日 国立能楽堂

「見物左衛門」
「濯ぎ川」
「附子」

夏にNHKホールでの狂言師野村萬斎さんの「電光掲示狂言」なるものを見に行った折、「やっぱり本物の狂言を本物の能楽堂で見たい」と、萬斎さんファンと連れ立って、国立能楽堂へ行ってきました。

行こうと決まったのは、チケットが発売になって数日たってから。人気のある(NHKホールが満員だったのですから)野村萬斎さんが主役とも言えそうな公演のチケットがまだ取れるだろうか?という心配がありました。チラシには、「チケットぴあ」と国立能楽堂がチケットの取扱い先になっています。いつもなら、迷わず「チケットぴあ」に電話するところですが、自分でチケットを取った経験のない国立能楽堂での公演。どの席が見やすいのか、わからないも同然。S席、A席…と区別があるものの、どこがS席か、普通のホールの常識とは違うだろうし…。一緒に行く友人は野村萬斎ファンなので、やっぱり近くで見えるほうがいいだろうし。国立能楽堂のホームページには、座席表が出ていますが、『正面』『中正面』『脇正面』と『橋掛り』や『柱』の位置にお手上げ。わからないことがたくさんあったので、今回は国立能楽堂へ電話してみました。

「その公演のチケットなら、制作事務所のほうが残席に余裕がありますよ」とのことで、チラシに書いてあった事務所へ電話。ミーハーと思われても(事実だし)、正直に「野村萬斎さんが見たい。」と告げると「前のほうのお顔がよく見えるところは、もうないですね」やっぱり…。そして「いま空いているのは『正面』の後ろのほうか、『脇正面』の比較的前のほう」 そう言われても、どういう風に見える場所なのかイメージも湧かない。そこで、初心者丸出しでもいい「能楽堂がよくわからないので、全体の様子がよく見えて、畏まらずにいられるところ」と相談すると「それならば、『脇正面』のほうがいいですね。役者さんにも割と近いですよ」ということで、お薦めの『脇正面』の前から8列目の席を手配してもらいました。

公演当日。売店やチラシのキャビネットを見ながら、開演15分ほど前に席に着くと、それほど席は埋まっていません。「うわぁー広ーい!ゆったりー!」緩やかな勾配の客席。意外に広々と明るい空間。建物の中に屋根がある能楽堂の白木はスッキリとしつつも、大らかな存在感があります。茅葺き屋根の大きな舞台なのですが、威圧感がなく、柔らかな灯りに温かみを感じます。天井の高さなど、いろんなものが「日本人サイズ」です。思わず落ち着いてしまう空間です。

やがて、何だか懐かしいブザーの音。開演直前の合図です。賑やかなおしゃべりがぴたっと止まります。と言っても場内が暗くなるわけでもなく。やがて左後方から衣擦れの音。『橋掛り』を「見物左衛門」を演じる石田幸雄さんが登場。少し腰を曲げ、両手を膝の上にあて、すーっすーっと滑るように歩いて舞台の中央に。衣擦れだけが聞こえる静けさ。それだけで「うわぁ」と感動。わずかに「秒」という単位の時間ですが、ぎゅうっと圧縮された力強い一瞬でした。これが伝統の力なのか?と少々力が入りました。

「見物左衛門」は、現行狂言の中で唯一、一人で演じる狂言だそうです。友達を誘って祭り見物に出掛けようとしたが、友達はもう先に出掛けてしまったと言うこと。感心したり、冷やかしたりしながらの一人の祭り見物。その先々での滑稽なやりとり、ついつい相撲を取って、勝って、負けて。短い狂言ですが、やりとりは落語そのもの、というか、落語で聞いたことがあるような。

橋掛りに狂言師が消える前に、いち早く拍手をする人、あり。クラシックのコンサートでも余韻を楽しむ間もなく拍手する人がいます。もうちょっとゆっくり見送りたかったです。きっと「通」の人なんだろうけど、釈然としないままに、つられて拍手してしまいました。

続けて「濯ぎ川」。フランスの笑劇にヒントを得て飯沢匡が書いた新劇の戯曲を、狂言用に改作し、昭和28年に初演された新作狂言です。次々と嫁(高野和憲)と姑から家事を言い付けられる入聟-いりむこ-(野村萬斎)。「がら、がらがらがら」と川で洗濯をしていると、あれもこれもとどんどん用事を言い付けられる。「覚えきれない!」と紙に1日にやらなければならない用事を書いてもらうことにした。書いてあることは必ずするけれど、他のことは一切しないという約束も取り付ける。「一番鶏が鳴いたら…」から始まる果てしない家事。川端で騒いでいると嫁が川に落ちてしまう。「早く助けて!」と叫ぶ嫁と姑をそのままに「一番鶏が鳴いたら…」とのんびり書き付けを読む入聟。大騒ぎに「どこまで読んだかわからなくなった」と頭から読み直す。「もう、わかったから!何にも用事はいいつけないから、助けて!」。にやりとほくそ笑んで、嫁を川から助け出す。もちろん、次に川に突き落とされるのは…。

古典(?)狂言の言葉使いと「がら、がらがらがら」などのいかにも狂言という表現が、新作狂言とは思えないくらい馴染んでいます。スピードのある展開や賑やかさは、やはり新しさかと思うのですが、たっぷり笑った狂言でした。

20分間の休憩。能楽堂内の食堂は営業中。軽食や飲み物がとれるようになっているんですね。ロビーで持参の夕食をとる人、庭を鑑賞する人もいて、それぞれマイペースで無関心で、日本ではないように個人主義が浸透した時間でした。伝統芸能の殿堂なんだけど…。

三つ目が「附子」。国語の教科書でお馴染みの狂言です。私の前に座っていた女の子は、教科書持参。覗き込んでみたら、舞台で話している言葉のまま載っていました。太郎冠者-野村万作、次郎冠者-野村萬斎の親子共演です。伝統芸能の面白さのひとつに、こういう親子、兄弟の共演があるのではないでしょうか。顔が似てる、似てないから始まって、何気ない仕草に「あ、似てる」と感じる部分があったり。

狂言を見に行く、とともに、能楽堂に行く、も大きなミッションだった今回の観劇。思いっきり笑いましたし、心地よい能楽堂も堪能しました。前から8列目、舞台は近くて狂言師の表情もはっきりと見える位置でした。

「ここで見るのが、やっぱり本物だね。」という結論で、次回の観劇に備えて、チラシをかき集めて帰ったのでした。

2000年9月21日
東京・千駄ヶ谷 国立能楽堂

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