展覧会寸評
永遠の美と生命
大英博物館 古代エジプト展
1999年8月7日〜1999年10月3日
東京都美術館(東京・上野公園)03-3823-6921
イギリス・大英博物館の古代エジプト・コレクションが日本で初めて本格的に公開されている。
ツタンカーメン王の黄金のマスクなどという「目玉」はない分、古代エジプトの一般的な死生観に触れることができる。といっても、やはり身分の高い人々のものなのだけど。
-永遠の美-
日本では文明と呼べるものがあったのかどうか、そんな時代に、すでにエジプトには美があった。復活への願いを込めた人形-像-は、バランスのとれた写実性とデザインとしての美が共存している。その美が完成されたのは早かったようだ。展示はカテゴリー別にまとめられ、時代の前後にはこだわらず並べられているのだが、3000年におよぶコレクションに美の基準の差は感じられない。むしろ今の目で感じる洗練は、より古い時代のものにあるような印象を受けた。不思議に感じたのは、日本の平安時代の仏像と似たものが多かったこと。もちろん、仏像ではなく人なのだが、全体のバランスや彫刻のタッチが似ているのだ。それらの多くは花崗岩や珪岩で作られたもの。昔のエジプトは緑と水の豊かな肥沃な土地であったのだろうが、像や彫刻の素材は今のエジプトの乾いた空気やざらざらとした熱い砂を思わせ、キラキラと輝く粒子が貴重な水を感じさせる。
古代エジプトの美術品。金と青と緑とスカラベ、ばかりでなく、エル・グレコが描いたような少年や、運慶が手掛けたような高官の姿もあり、美しいというより、バラエティに富んだ楽しさがあった。生命が巡るばかりではなく、美もはるばると日本まで巡ってきている。
そして、この美術展が終わった後、東京都美術館では、「西遊記のシルクロード 三蔵法師の道」(10月23日〜12月19日)という美術展が始まる。続けて観るのも一興かと思う。
-永遠の生命-
今回の美術展のテーマは、古代エジプトの死生観だろう。なにしろ展示品の多くは墳墓から発掘された埋葬品。生きている人間が使っていたものなどほとんどない。あらためて思うと奇妙な感覚を覚える。人間のわずか数十年の生命に比べ、死んだ人間を取り巻くものが永遠にこの世に存在している。「紀元前3000年頃製造」なんていうものが目の前にあるのだ。古代エジプトの人々の考えたものとは違う形であろうけど、永遠の生命は実現したということなのだろうか。古代エジプトでは、死者の魂は元の肉体に還り、生前と変わらない生活を営むと考えられていた。
とにかく、何でもミイラにする。有名な犬(ジャッカル)や猫、それよりも小さな動物も…。そして、何でも神様にする。スカラベ、朱鷺、ふくろう…。乱れることのない月日の巡りやそれに賢しく反応する動物を敬うこと、生まれかわっても変わらない自分の身分を思うと古代エジプトの人々には、動物は自由の象徴であったのだろうか。
ここで見るものは遺体と墓とその埋葬品。なのに、実にあっけらかんとそこにあり、また、私達も敬虔な厳粛な感情をいっさい持つことなく、それらを見下ろしている。そういえば、古代エジプトについての知識のほとんどは「死」に関することだ。高度な数学や物理も、ピラミッドなど墓を作るために必要となったものであろう。神はいたけれど、厳格な宗教があったわけではない。それが今の死生観との大きな違いなのだろうか。神は、すがり、委ねるものではなく、まず人ありき、なのだ。今よりよほど自分を信じて生きていたのだろう。だからこそ、来世も生まれかわるのではなく、自分の肉体に戻りたいと考えるのだろう。
-さて…-
なかなか見られない展示だけに、やはり混雑している。私は、夏休みが終わるのを待って、平日の午後に出掛けたのだけど、それでもかなりの混雑。
ミュージアムショップのアクセサリーはほとんど売り切れてしまっているし…。
会場には、500円でイヤホンガイドの貸し出しがある。私は使わなかったので、どのような説明が聞けるのかわからないのだが、これを借りないと出品リストがもらえない。
展示品についている説明プレートが非常に不親切なので、じっくりと見たい人にはイヤホンガイドを使うことをお勧めする。
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無断転載禁止 掲載:アーク編集室