Arts Calendar/Art's Report site/《WADA Map》Izumi December 2000
Vol.72
ライブ・レポート
和泉宏隆マンスリーライブ#13
12月22日
東京建物八重洲ホール
ピアノ:和泉宏隆
エレクトリックベース:植田博之
ドラム:タカノハシアキラ
コーラス:佐藤栄一
:熊谷知子
ゲスト
エレクトリックギター:野呂一生
サックス:酒井聡行
約2年つづいた八重洲ホールでのマンスリーコンサートも今回でひと区切り。グランドピアノを中心にしたトリオくらいがちょうどいいサイズのステージは、楽器やら譜面台やら椅子でぎっしり。プログラムで予告されているミュージシャン全員が乗るのは無理なんじゃないか、というくらいの混雑ぶり。ひとりで始めたマンスリーコンサートにだんだんとミュージシャンが増えていく。いつのコンサートでも、まずソロピアノから演奏が始まるのと何だか同じような感じ。この日もソロピアノで「宝島」から。
12月22日ということで、クリスマスのホームパーティーというコンセプト。2曲目からは、歌ありおしゃべりありと、賑やかな展開。小さなステージなので曲ごとにミュージシャンの入れ替わりがあり、それもなんだか、「演し物」という感じで、聴くほうもいつになくリラックスしてる。お客さんの笑い声も賑やか。いつもはしっとりと聴かせる曲も若いドラマーに引っ張られて明るい雰囲気で演奏される。
圧巻は「SPAIN(チック・コリア)」。ほんの少し前に尺八やタブラでの「SPAIN」を聴いたのだけど、やはりピアノがメインのほうがはまる曲かもしれない(というより、尺八ではだいぶイメージが変わる)。チック・コリアより繊細な音の和泉さんのピアノでの「SPAIN」は、ラテンの熱さよりも、アルハンブラ宮殿や聖家族教会のように敬虔なデザイン、色彩の繊細さを感じる。宮殿の中のアラベスク模様を思わせる複雑な曲を、賑やかで、それでいてすっきりとした演奏で仕上げる。色鮮やかなタイルやジグソーパズルのピースを埋めていくように、ピシッとはまっていく心地よさ。
ボーカルが入るとパーティー気分も盛り上がる。ハンドクラップしたい曲も演奏中にステージで両手が空いてる人(ボーカルさん)がいると先導してくれて。聴いているだけ、ハンドクラップしているだけなのだけど、何だか身も心も温まってくる。思いっきり笑って「楽しいね〜」とちょっと口数も多くなったりして。
2部の途中からゲストのギタリスト野呂一生さんが登場。カシオペアのリーダーがゲストで、T-SQUAREのメロディーメーカーだった和泉さんと共演なんて!和泉さんのプライベートホールと言えそうな雰囲気の八重洲ホールで、このメンバーを聴けるのは、なんて幸運なこと。ステージに立つその存在感と「華」はさすが。
カシオペアのナンバーから「NESSA」を。電子楽器で演奏されるオリジナルの「NESSA」は、軽やかなキーボードの音をエレキギターで締めるという印象がある。それがアコースティックピアノとエレキギターがメインになるとエッジの効いたシャープな曲になる。それでも和泉さんのピアノの、匂い立つような華やかさで、艶っぽい「NESSA」になる。オリジナルの「NESSA」に持っていたSF映画のような無彩色のイメージは、中近東、モロッコあたりの…ベルトルッチが好きそうなエキゾチックなイメージに変わる。そういえば、「SPAIN」にも東洋とも西洋ともわからないアラベスク模様を連想していたっけ。
そこだけ、時間の流れが変わってしまう。ひとつの世界を完結させて、曲が終わった瞬間、拍手よりも声援よりも、夢の世界からいきなり覚醒したようにぼぉっとしてしまう。催眠術師のパチンと鳴らす指の音で現実に引き戻されたかのようにうろたえてしまう。やっぱり、このグルーブ、華やかさが和泉さんの持ち味。バンドの中でキラキラと輝く音、ふわぁっと香る音を生き生きと醸し出すのが、和泉さんの真骨頂なんだ。(合間にソロピアノも聴かせて欲しいけど)
いま、フュージョンという音楽ジャンルの境界線は、あるようなないようなもの。2年間の和泉さんのマンスリーコンサートを通しての演奏を聴いていると、特にその感は強い。クラシック畑の人との共演、旧知のミュージシャンと、先輩ミュージシャンと…いろいろな人とのセッションをすべて聴いて、毎月なにが聴きたくて通ったのかと思うと、やはり「和泉さんのピアノ」なのだ。大きなコンサートホールで、「このピアノの音、好きだ」と感じた時には、間近でその音を聴くことができるなんて思いもしなかった。遠いステージから、スピーカーを通して聴くものと当然のように思った音が、本当に生の、アコースティックの音がダイレクトに伝わる環境で聴けたこと。きっと、どんなに大編成のバンドでも、和泉さんのピアノの音は聞き逃さないだろうと思う。一生の宝物のような毎月のコンサートだった。
2000年12月22日
「WADA Map」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室