Arts Calendar/Art's Report site/《WADA Map》Pluto

Vol.65
「劇団トリのマーク〈通称〉」
【冥王星を指で】

2000年11月11日、12日
青山◎ギャルリーラパン

「劇団トリのマーク〈通称〉」のHP◎劇団(トリのマーク)へ
http://www.bananawani.org/mountain/oec/tori/index.html

今回の「劇場」は、青山の住宅街の四つ角にあるギャラリーで。道路に向かって切り込むように直角に突き出している部分は、天井までのガラス張り。ソワレではライトに照らされて万華鏡のようにどこまでも幾重に実像と映像とがくり返されている。

ある星に探査チームが降り立つ。パイロットとチキチキと話す探査機の二人?組。探査チームというかタンタンとスノーウィとでもいうような二人組。

顕微鏡や望遠鏡が欲しくてたまらなかった子どもの頃。いざ手にすることになっても、何を見たかったのかよくわからない。覗けば、素晴らしく素敵なものがそこにあるんだと思っていた。

降り立った星でも、チキチキ君は出会う人たちに「この子、貸して」とせがまれる。「何を調べるんですか?」と聞かれても、具体的なものは何もなくて貸してもらえない。だけどチキチキ君は、チキチキと元気に喋りながら自分の好奇心のままに町に出ていく。

観客をギャラリーに残して、チキチキ君たちは外に消えていく。ガラスの壁から視線がようやく届く辺りの角を曲っていってしまう。昔の飛行機乗りのようなニットの帽子にゴーグルのチキチキ君(=柳澤明子)やカバーオールのパイロット(=山中正哉)は、青山の街を歩いてもそんなに違和感はない(チキチキ話してなければ)。空間と半音ずれたような男(=出月勝彦)も転んだりしてたけど、大丈夫でしょう。でもさすがに「さかな少女」(=中村智弓)は、道行く人を驚かせていたようだ。

灯りに浮かび上がって、外と内との区別がつかなくなっている空間も「劇場」の一部。観客の視線の届くところ、すべてがトリの空間になっている。興味津々で覗き込んでいく人、見ないフリして通り過ぎていく人、びっくりして立ち止まってしまう人。デリバリーのバイク。立ち話をしていて通りかかった人に何となく視線が動いてしまうことは普通にある。お芝居のなかでもチキチキ君はそんな人たちに好奇心いっぱいに視線を向ける。ガラス張りの何をやってるかわからないギャラリーに座っている一団に私もいたのだけど、外から見ればかなり異様な光景であったと思う。早めに席に着いて開演を待っている「同志」の視線が受付に向かう一瞬の中で結構怖い。

見ているという意識の約束のなかで、見る、見られるの立場がぐるぐると回っていく楽しさと怖さ。演じている人たちが中間にいてエンコードしている。そしてギャラリーの中にいる者が持つ一体感。刹那、外に出ればたちどころに通行人という部外者に変わってしまう立場の違い。自分のスタンスを自分で意識できない危うさ。大きなガラスで区切られたギャラリーの中も外も「ものを見るところ」である。動物園の檻の中も楽しいかも、と思ってしまう。


WADA Map」の扉へ

無断転載禁止 掲載:アーク編集室