Arts Calendar/Art's Report site/《WADA Map》Shima/Islands

vol.57

京都レポート 第二弾

「京都旅行二:重森邸展示プロジェクト」

Shima/Islands
ガブリエル・オロスコ《ブルー・メモリー》

2000年9月

先に訪れた「東福寺」の庭園を作った「重森三玲」邸での展示プロジェクト。

プロジェクト名は、重森三玲氏の 「島(シマ)とは、白波の上に浮かぶ静かな山の意である。」という言葉と枯山水に置かれた島々に関係するそうです。

雨が降りそうな重く曇った空が、枯れ葉やたき火や金木犀の秋の香りを含んでいるような午後。メールで教えていただいた道順をどきどきしながら辿りました。もとは吉田神社の社家だった邸宅を昭和18年に重森三玲氏が譲り受けたもの。18世紀に作られた本宅と書院に重森三玲氏が新たに庭と二つの茶席を設計した邸宅です。 どっしりとした門構え。特別な表示は出ていませんでしたが、めざす家の玄関から溢れる人を迎える大らかさに導かれました。受付の学生さんが「こんにちわ」。上方の言葉の美しさは何気ない挨拶で感じます( 彼女達の出身はわかりませんが)。

玄関の間から書院へは、渡り廊下で繋がっています。低い天井にはウサギがお餅つきをしている絵のランプ。渡り廊下を取り入れられるのは格式のある家ならではのことだそうで、ここがかつて社家だったことをうかがわせるものです。ほんの短い渡り廊下ですが、その両側のさりげないデザインは、昔からあるものだろうか、重森氏が手を入れたものだろうかと疑問にもならない思いが浮かびます。尋ねれば教えてくれたでしょうが、正解は聞かなくてもいい、と思いました。重森氏が生活した家、だから新鮮な見え方をするのではないかと。錯覚でも、思い込みでもそのままにしておきたい。

書院の庭に面した二方が開け放してあります。本来は簾を掛けるところに、「ガブリエル・オロスコ」は青い農業用のネットを掛けました。日本を訪れた時、新幹線から見える畑を覆う青。その「不自然なブルー」にアイロニーを込めての展示。枯山水も不自然といえば、これほど不自然なものもないわけで…。

伝統と格式のある日本家屋、まして重森邸に「こんなことするなー!」と、思うのではないかと危惧していたのですが、これはこれでいい、と意外とすんなりと受け入れていました。ブルーのネットがあってもなくても邪魔されない強い庭。ネットを通して見ることで、庭はデジタル画像のようによそよそしくなったり、正確なピクセルの中で端正さを際立たせたり。重苦しい空も晴天に見えてくる。ブルーの隙間から「肉眼」で見える庭がやけに近く見えてくる。「ガブリエル・オロスコ」の展示はどうでもいい、重森邸が見られれば、と思っていたことを反省。端近で、書院の奥で、立ったり座ったりして、長い時間ながめていました。

重森邸の書院の庭は、軒下に波頭の形に石がタイルのように配されていて、緑の豊かな苔と岩に白い砂。寺院の庭園にくらべれば面積は小さいけれど、狭さを感じさせない。潮の満ち引きの音が聞こえる、伝説を持つ松原をイメージさせます。

書院から一段ひくい位置に茶席があります。古い書院に敬意を払って自らが設計した茶席を低く作らせたそうです。茶席に向かう廊下、水屋にも重森氏ならではの斬新な意匠が数々見られます。それらは目に触れても奇異な感じを持たせずに、歴史ある空気に溶け込んでいます。茶席の襖は銀と青の市松模様を波頭の形に貼ったもの。桂離宮の茶席のそれと同じような市松模様です。清浄な空気、瑞々しさを感じさせ、また書院の軒下ともリンクさせているのでしょうか。襖の引き手は「三玲」の字をデザインしたもの、手を繋ぐ人物をデザインしたもの。釘隠しは羽子板、扇面に重森氏が絵付けした清水焼。

現在の主人である重森三玲氏のお孫さんや展示プロジェクトの学生さんが、三々五々訪れる人に解説をしてくれます。ある程度の概要を説明すると「お好きにご覧になってください」と距離をおく。もっと説明を乞えば、いろいろ教えてくださる、つかず離れずの間隔が心地よい。そしてなによりも開け放した日本間の気持ちのいいこと!ちょうど暑くも寒くもない季節ではあったけど、降り出した強い雨までもが演出されたもののようで、いつまでも座っていたいと思わせます。とはいえ、いい加減に新幹線に乗らなければならない時間。

重森邸では2001年3月まで、あと3回の展示プロジェクトが行われます。


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